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更新日時 2016年08月18日

煉瓦構造物 さいたま市 千貫樋
@さいたま市千貫樋(せんがんぴ)
住所:埼玉県さいたま市桜区五関
明治37年(1904年)に鴨川落悪水路普通水利組合が、県税の補助(町村土木補助費)と埼玉県の技術指導を得て、北足立郡大久保村大字五関に建設した。
@昭和初期までは、大久保村(今のさいたま市桜区大久保)で西に折れて荒川に注いでいたため、荒川が増水した時の逆流による水害に悩まされていた。近隣の村々は資金を出し合い、当時の荒川合流部付近に千貫樋とよばれる関門を設置し、さらに1915年(昭和10年)鴨川を南に延長して鴻沼川の一支流に付け替え、鴻沼川に合流させた。合流点から下流はそのときまで鴻沼川のものだったが、鴨川が本流にされたため鴨川と名を変えた。付け替えで切り離された旧鴨川下流は今も小河川として残り、一部は「千貫樋水郷公園」として整備されている。戦後しばらくは台風時に溢れることもあったが、後に状況は改善されている。
@千貫樋の銘板。
@???年五月改造。
@千貫樋の人道側。元々は両側が河川だったと思われる。
@千貫樋の人道内部。煉瓦は水平に積まれている。
@千貫樋の人道内部。煉瓦は水平に積まれている。
@千貫樋の人道内部。煉瓦は水平に積まれている。
@千貫樋の河川内部。煉瓦は水平に積まれている。普通煉瓦のみで組まれていて、異形煉瓦(くさび形)は使われていない。アーチの脚部は表面のみだが、切石(迫受石)で補強されている。
@千貫樋。元々は両側が河川だったと思われる。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『さいたま市』を掲載」
出典: フカダソフト\きまぐれ旅写真館\埼玉の煉瓦水門