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更新日時 2016年07月29日

 小菅修船場跡:幕末期、我が国には船体廻りの補修施設がなかったため、薩摩藩と英国商人トーマス・グラバーらが、明治元年12月(1869年1月)に小菅修船場を竣工した。小菅修船場は、我が国で初めて蒸気機関を動力としたスリップドック(船を陸上に曳き揚げて修理するドック)であり、曳揚げ機械やレールなどの一切の設備はグラバーが英国から輸入した。一方で、山裾の入り江という敷地の選定や土木工事は日本人主導によるものと考えられ、小菅修船場は日本と西洋の技術が融合した先進的な施設であった。曳き揚げるレールに付いた船架がソロバンのように見えたため、「ソロバンドック」とも呼ばれていた。現存する日本最古の煉瓦造建造物である。曳き揚げ機小屋や、。曳揚げ機械、レールや石積を含むドック主要部のほとんどが原形をとどめており、我が国の近代造船技術導入を示す重要な遺構である。
小菅修船場跡
@小菅修船場跡の曳揚げ場。
@小菅修船場跡の石碑及び説明板。
@小菅修船場跡の曳揚げ場側から曳き揚げ機小屋方向を見る。
@小菅修船場跡の船架台車。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機小屋の正面は木造になっている。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機械。
@小菅修船場跡の曳き揚げ用チェーン。
@小菅修船場跡の曳き揚げ用チェーンレール。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機小屋の外壁は煉瓦造りで出来ている。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機小屋の蒸気機関も残っている。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機小屋の煉瓦の刻印は3種類確認された。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機小屋の煉瓦の刻印。
@小菅修船場跡の曳き揚げ機小屋の煉瓦の刻印。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『長崎市』を掲載」
煉瓦構造物 長崎 小菅修船場跡