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更新日時 2016年09月01日

煉瓦構造物 永府門樋
A永府門樋。
住所:埼玉県比企郡吉見町西吉見
水路幅が5m前後で、明治20年から30年前半頃に造られた樋門は、開口部がアーチ型になるのが一般的です。明治34年築造の永府門樋は、アーチ型から桁型に移り変わる時期の例で、アーチ型の特徴(装飾性)と桁型の特徴(施工性・実用性)を合わせ持っていることが解ります。
2016年08月14日探索。
A永府門樋は整備されて説明看板を設置されている。永府門樋のデザインは橋を意識した端正なもので、基本構造は煉瓦造りの橋脚と橋台を持った石造りの桁橋である。永府門樋は通水断面がニ連の箱型であり非常に珍しい。
A永府門樋の天端部分。石造りの桁橋。
A永府門樋の天端の下段は煉瓦の小口を斜めに並べて、鋸状に見えるようにした装飾が施されている。鋸状の装飾が施された樋門は埼玉県には、5基が現存するが、永府門樋はその中で最も最後に建設された樋門。「角だし」と呼ばれる装飾。
A永府門樋の笠石は2段に煉瓦で積まれている。下側はイギリス積み。
A永府門樋の煉瓦の刻印は見つからなかった。
A永府門樋の川面側。永府門樋は近隣の水田はの水源として、明治34年に市野川と農業用水との交点に造られました。煉瓦造りの樋門等は、川の水を利用して潅漑や用水を行うため、また、内水排除や逆流防止の役割をする制水施設の一つとして、明治から大正にかけて築造されました。
A永府門樋の川面側。
A永府門樋の川面側にはゲートの戸当りは銘板を兼ねていて、右から左に向かって、「永府門樋」と刻まれている。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『東松山市』を掲載」
出典: フカダソフト\きまぐれ旅写真館\埼玉の煉瓦水門