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更新日時 2016年10月16日

煉瓦構造物 成田鉄道宗吾線第1、第2トンネル
 成田鉄道宗吾線は、千葉県で初めて電気鉄道として明治43年12月に成田山門前から成田駅間を、翌44年1月に成田駅前から宗吾霊堂間を結ぶ形で全線複線により開通しました。車両の運航は5分〜15分間隔で行われ、利用客数などの状況に応じて弾力的に運用されていたようです。この電車は、当初参道に軌道を敷設する計画でしたが、町内会等の意見を踏まえ参道を迂回して門前に至るルートとなったため2つのトンネルが築造されました。電車は地域に欠かせない乗り物となりましたが、戦争の激化により遊覧的色彩が強いこと等を理由として、政府の命令により営業廃止となりました。これにより昭和19年に業務を停止し、35年に渡って成田の街を走り続けた成田鉄道宗吾線は幕を閉じました。
成田幼稚園付近を通る成宗電車。
明治41年11月成宗電気軌道設立。
大正5年6月成田電気軌道に社名変更。
昭和2年5月成田鉄道に社名変更。
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(成田駅側)
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(成田駅側)
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(成田駅側)煉瓦はイギリス積み。)煉瓦の刻印は見つからなかった。
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(成田駅側)
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(山門側)アーチ環は5枚巻き。
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(山門側)
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(山門側)
@成田鉄道宗吾線の第1トンネル(山門側)
A成田鉄道宗吾線の第2トンネル(成田駅側)
A成田鉄道宗吾線の第2トンネル(成田駅側)
A成田鉄道宗吾線の第2トンネル(成田駅側)煉瓦の刻印は見つからなかった。
A成田鉄道宗吾線の第2トンネル(成田駅側))煉瓦の刻印は見つからなかった。
A成田鉄道宗吾線の第2トンネル(山門側)
A成田鉄道宗吾線の第2トンネル(山門側)
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『成田市』を掲載」