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更新日時 2016年11月27日

煉瓦構造物 足利市木村浅七邸
 足利市旧木村浅七邸:明治初期に竣工。煉瓦塀及び敷地内部に須長藤吉煉瓦製造所の刻印が見つかる。初代・木村浅七は、上州山田郡須永村の生糸商・星野家の三男として生まれ、織物業の木村家の養子となり家督を継ぎます。しかし、南部縮の需要が減り、撚糸業へ転身。明治27年には足利の純絹織物11工場の内、生産反数2位・産出高1位に。明治34年に工場を増築し、フランス製の整経機など導入。明治41年には米ゼネラル社の電動機を採用、国産のジャガード織機や整経機、自工場製自動式平織用織機を導入。大正6年頃には、スイス製ルーチー式力織機41台・手織機31台・整経機5台・糸繰機7台・管巻機4台・職工103人となりました。その他にも足利模範撚糸合資会社の初代社長や、足利銀行・渡良瀬水力電気・足利瓦斯鰍フ役員としても活躍しています。住所:栃木県足利市助戸仲町453
足利市旧木村浅七邸の煉瓦塀。
足利市旧木村浅七邸の煉瓦塀のデザインは凝ったデザインになっている。
煉瓦塀に須長藤吉煉瓦製造所の煉瓦の刻印が見つかる。
煉瓦塀に須長藤吉煉瓦製造所の煉瓦の刻印が見つかる。
煉瓦塀に須長藤吉煉瓦製造所の煉瓦の刻印が見つかる。
煉瓦塀に須長藤吉煉瓦製造所の煉瓦の刻印が見つかる。
煉瓦塀に「イ」の煉瓦の刻印が見つかる。
煉瓦塀に「イ」の煉瓦の刻印が見つかる。
足利市旧木村浅七邸の煉瓦塀。
煉瓦の刻印探しは首が痛くなります。
足利市旧木村浅七邸の煉瓦塀。
コーナー部の収まりも綺麗ですね。
足利市旧木村浅七邸の門。
足利市旧木村浅七邸の煉瓦塀は内部の煉瓦塀も綺麗に仕上がられている。
足利市旧木村浅七邸の裏庭。
足利市旧木村浅七邸の裏庭に煉瓦で造られた手水?も設置されている。
足利市旧木村浅七邸の裏庭の水場も煉瓦で造られていて、平面には煉瓦の刻印が見られる。
足利市旧木村浅七邸の裏庭の水場も煉瓦で造られていて、平面には須長藤吉煉瓦製造所の煉瓦の刻印が見られる。
足利市旧木村浅七邸の裏庭の敷煉瓦に「ヲ」の煉瓦の刻印が見つかる。「イ」や「ヲ」は窯記号や職人の記号と思われる。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『足利市』を掲載」