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更新日時 2017年01月12日

煉瓦構造物 広島市牛田浄水場上屋
 広島市牛田浄水場上屋:軍用水道の整備に合わせて軍用鉄管に市水道を接続して配水するという、全国でも珍しい整備方法がとられ、1898年(明治31年)に、牛田浄水場が創設されました。3連棟の汽関室や、高さ約16メートルのポンプ室などが整備されました。1924年には鉄筋コンクリート造の送水ポンプや濾過池調整機にレンガ造の上屋が、1935年には鉄筋コンクリート造の量水室が完成しました。爆心地から2.77キロメートルで被爆。木造建物の崩壊など大きな被害を出しました。イギリス積みレンガに花崗岩が筋状に挿入された濾過池調整機上屋が、現在、1棟だけ保存されています。
@〒732-0068
住所:広島市東区牛田新町1-8-1
水道資料館は現在改修中だが広島市牛田浄水場上屋は公園からフェンス越しに見られます。
@この施設は、明治31年(1898年)に完成した牛田浄水場の4池(地図にマウスを乗せると古い航空写真が出て池が確認出来ます。当時の池は縦に長かった。)の緩速濾過池と第2期水道拡張事業で設置された、濾過井の上屋の一つです。太田川の三角州に形成された広島市は、井戸を掘っても塩分を含み良質の飲料水を得ることが出来ず、太田川の水をそのまま飲用していたため伝染病の流行の原因となっていました。その為市民水道の整備の要望が高まっていましたが、当時の財政の状況では困難でした。しまし、明治27年(1894年)の日清戦争の勃発により、軍用水道の整備が急がれ、これに併せて市民水道も整備することになりました。敷設計画は、イギリス人の内務省雇衛生顧問W.K.バルトンが中心となって作成され、明治31年(1898年)8月に、全国で5番目の近代水道として完成しました。濾過池の壁面は花崗岩の切石で、濾過井の上屋は煉瓦積みで造られています。これらは、本市水道の創設当時の姿をとどめる、非常に貴重な施設です。(設置説明看板より)
@広島市牛田浄水場上屋の下部犬走りの煉瓦の平面をたくさん撮影し確認したが、煉瓦の刻印は見つからなかった。
@広島市牛田浄水場上屋の下部犬走りの煉瓦の平面をたくさん撮影し確認したが、煉瓦の刻印は見つからなかった。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『広島市』を掲載」
出典: ひろしまナビゲーター広島市牛田浄水場上屋