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更新日時 2017年01月13日

煉瓦構造物 琵琶湖疎水水路閣
 琵琶湖疎水水路閣:琵琶湖疏水とは、琵琶湖の湖水を京都市へ流すために作られた水路(疏水)である。国の史跡に指定されている。水路閣は琵琶湖疏水の分線(蹴上以北)にある水路橋で1888年(明治21)完成。南禅寺境内を通過するため、周辺の景観に配慮して田辺朔郎が設計、デザインした。全長93.2メートル(幅4メートル、高9メートル)煉瓦、花崗岩造り、アーチ型橋脚の風格ある構造物で、静かな東山の風景にとけこんでいる。市指定史跡。明治維新後に建設された、南禅寺の境内を通る琵琶湖疏水水路閣はテレビドラマの撮影に使われるなど、今や京都の風景として定着している。建設当時は古都の景観を破壊するとして反対の声もあがった一方で、南禅寺の三門には見物人が殺到したという。
@琵琶湖疎水閣。
@琵琶湖疎水閣の柱はイギリス積みで積まれている。
@琵琶湖疎水閣。この景色をバックに写真撮影をしている方が多くいました。この時は丁度人がいなくなったときに撮影しました。
@琵琶湖疎水閣。
@琵琶湖疎水閣。平成20年7月水路閣の橋脚にひび割れが見つかりました。調査したところ、倒壊する危険は無く、直ちに大規模な改修をする必要は有りません。現在、ひび割れの状態の監視を続けています。監視の結果は京都市上下水道局のホームページで公開しています。
@琵琶湖疎水閣の装飾も綺麗ですね。柱の煉瓦は特注品の異形煉瓦みたいですね。
A琵琶湖疎水閣:疎水事業は、京都府知事北垣国道の発意により、田辺朔郎工学博士を工事担当者として、明治18年に起工され、同23年に竣工した。水路閣は、この疎水事業の一環として施工された水路橋で、延長93.17m、幅4.06m、水路幅2.42m、煉瓦造、アーチ構造の優れたデザインを持ち、京都を代表する景観の一つとなっている。また、ここから西500mにあるインクラインは、高低差のある蹴上の船だまりと南禅寺の船だまりを結ぶ傾斜地に上下2本のレールを敷き、艇架台により船を運ぶ施設で、当時の舟運による交通事情がよく伺える。いずれも、西欧技術が導入されて間もない当時、日本人のみの手で設計、施工されたもので、土木技術史、極めて貴重なものであり、昭和58年7月1日に「疎水運河のうち水路閣及びインクライン」として京都市指定史跡に指定された。また、平成8年6月には、この水路閣、インクラインに加え、第1疎水の第1、第2、第3隧道の各出入口、第1竪坑、第2竪坑、明治36年に架設された日本初の鉄筋コンクリート橋(日ノ岡第11号橋)、同37年架設の山ノ谷橋などが日本を代表する近代化遺産として国の史跡に指定された。(設置の説明看板より)
A琵琶湖疎水閣。
B琵琶湖疎水閣。
B琵琶湖疎水閣の△の装飾の下側に四角い琵琶湖琵琶湖疎水の煉瓦の刻印発見。
B琵琶湖疎水閣の柱の短面に○の煉瓦の刻印?らしきものを発見。
B琵琶湖疎水閣の△の装飾のコーナー部に○に第壱の刻印がありました。
B琵琶湖疎水閣の△の装飾のコーナー部に○に第壱の刻印がありました。
B琵琶湖疎水閣の水路。現在も現役で使われている。補修はしているとしてもよく水漏れしないものだと思う。
C琵琶湖疎水閣の水路。水路の斜面を流れている水は綺麗だと思ったが、深さが深くなると意外と汚いですね。
C琵琶湖疎水閣の水路の先にも煉瓦造りの隧道がある。
C琵琶湖疎水の煉瓦造りの隧道。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『京都市』を掲載」
出典: 京都観光Navi
出典:京都市上下水道局