更新履歴

更新日時 2017年01月31日

煉瓦構造物 板橋火薬製造所
 板橋火薬製造所跡:東京砲兵工廠は、日本陸軍の兵器工廠である。1871年(明治4年)から1935年(昭和10年)にその機能を小倉工廠に移転するまで操業し、小銃を主体とする兵器の製造を行った。明治4年7月(旧暦)、造兵司本局は東京に移転し、大阪は大阪造兵司と名称を変更。陸軍省の発足とともに1872年4月15日(明治5年3月8日 (旧暦))大砲製造所と改称した。1870年(明治3年)3月(旧暦)、造兵司は東京の旧幕府営の関口製造所と滝野川反射炉を管轄とし、それらの設備を元に東京工場を小石川の旧水戸藩邸跡に建設し、1871年(明治4年)に火工所(小銃実包の製造)が操業、翌年には銃工所(小銃改造・修理)、大砲修理所の作業が開始された。後に板橋火薬製造所・岩鼻火薬製造所・十条兵器製造所など関東の陸軍兵器工場を管下においた。所内を流れる石神井川を水車の動力として利用できることから、明治初期に日本最初の洋式火薬製造所「板橋火薬製造所」ができ、先の大戦中は東京第二陸軍造兵廠板橋工場となった。
@板橋火薬製造所跡(旧野口研究所跡)構内の道は電気軌道(トロッコ)線路敷跡。区立加賀公園から野口研究所の構内にかけて板橋火薬製造所を通る電気軌道がありました。軌道は北区十条の銃砲製造所や王子にあった分工場とも結ばれており製造所内外の物資や人の運搬に大きな役割を果たした。大正12年(1923年)の構内図によれば殆どの建物が軌道で結ばれており、兵器支廠にも伸びていた。この軌道の幅は750mmの珍しいもので、そこを走る電気機関車はその車体の形状から「だるま電車」とも「チンチン電車」とも呼ばれた。
A東京市板谷公園。
昭和12年4月開園。
本園附近一帯ハ石神井流域三合野原ノ一部ニシテ寛文年中加賀前田候ノ邸地トナリシヨリ金澤ト呼バレ由來近郊ノ閑地タリシカ昭和十一年五月土地区画整理の際シ所有者板谷宮吉氏ハ此地千六百餘坪ヲ公園地トシテ寄付セラレ乃チ本園ノ完成ヲ見ルニ至レリ
茲ニ開園ニ際し園地ノ來由ヲ記シ以テ寄贈者ノ芳志ヲ永ク後世ニ傳フ
昭和十二年四月  東京市
A公益財団法人 野口研究所。
公益財団法人 野口研究所は1941年に、旧日窒コンツェルンの創始者故野口遵が全私財を投げうって設立した、70年以上の歴史をもつ研究所です。設立趣旨は「化学工業の振興を期するため、諸般の研究並びに調査を行うとともに広く重要なる研究に対し援助をなし、なお研究者の養成、発明・考案の工業化にも力を注ぐ・・・」となっております。1940年(昭和15年)2月、野口が京城(現ソウル)で病に倒れたとき、側近をまくら元に呼んでこう語ったという。 「古い考えかもしれんが、報徳とか報恩ということが、おれの最終の目的だよ。そこでおれに一つの考えがある。自分は結局、化学工業で今日を成したのだから、化学方面に財産を寄付したい。それと、朝鮮で成功したから、朝鮮の奨学資金のようなものに役立てたい」 こうして私財3000万円(現在の価値で約300億円)のうち、2500万円で化学工業を調査研究するための「財団法人野口研究所」が設立され、500万円を朝鮮総督府に寄付して「朝鮮奨学会」の原資とした。
B板橋火薬製造所跡(旧野口研究所跡)構内の道は電気軌道(トロッコ)線路敷跡。加賀公園から入口方向を見る。下記地図の赤い点線が軌道跡。
B板橋火薬製造所跡(旧野口研究所跡)の塀に鉱滓煉瓦が使われている。
B板橋火薬製造所跡(旧野口研究所跡)弾道検査管(爆速測定管)長さ十数メートル、内径686mmのコンクリート製の弾道検査管の一部。技術者の間ではトンネル射場と呼ばれているもので、火薬の種類や量を変えて、弾丸の速度を測定、観測する装置であり戦前の二造構内の図面からは、弾丸がこの築山の標的に向かって打ち込まれていたことが解ります。
C板橋火薬製造所跡(加賀公園)この築山の中腹に造られた煉瓦製の構築物は現在隣接している野口研究所から伸びる弾道検査管(爆速測定管)の標的の跡です。戦前、野口研究所を含めこの場所には、板橋火薬製造所内におかれた火薬研究所があり、弾薬の性能実験がなどが行われた。
C板橋火薬製造所跡(加賀公園)弾道検査管(爆速測定管)の標的の跡です。
C板橋火薬製造所跡(加賀公園)弾道検査管(爆速測定管)の標的の跡です。
C板橋火薬製造所跡(加賀公園)弾道検査管(爆速測定管)の標的の跡です。
C板橋火薬製造所跡(加賀公園)弾道検査管(爆速測定管)の標的の跡です。上敷免製の煉瓦の刻印が確認出来た。
Copyright (C) 2008-2017 hotetu.net All Rights Reserved
外部から直接リンクで飛んできた方は右ホームページリンクへ http://www.hotetu.net/ 歩鉄の達人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『板橋区』を掲載」
出典: 公益財団法人 野口研究所