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更新日時 2017年02月01日

煉瓦構造物 理化学研究所板橋分所
D理化学研究所板橋分所
1917年(大正6年)に渋沢栄一を設立者総代として皇室・政府からの補助金、民間からの寄付金を基に「財団法人理化学研究所」を東京都文京区駒込に設立。物理学、化学、工学、生物学、医科学など基礎研究から応用研究まで行う国内唯一の自然科学系総合研究所である。国際的に高い知名度と研究業績を持つ研究所であり、海外では"RIKEN"の名称で知られている。理研は1946年から2015年3月までの69年間、板橋の地に研究拠点を置いていました。宇宙線研究室、フェライトの武井研究室、湯川秀樹の理論物理研究室、電子計算機室、青野原子制御表面プロジェクト、大森素形材工学研究室が板橋で研究を行ってきました。
E理化学研究所板橋分所の煉瓦建築物。
F理化学研究所板橋分所の煉瓦建築物。
F理化学研究所板橋分所の煉瓦建築物。
F理化学研究所板橋分所の煉瓦建築物。軒下の平面に煉瓦の刻印を探したが見つけられなかった。シワシワの機械成型煉瓦で理研の創設に渋沢栄一が絡んでいるので、日本煉瓦製造の上敷免製煉瓦と思われる。
G愛誠病院の病棟の一部は煉瓦建築物で出来ている。
G愛誠病院の病棟の一部は煉瓦建築物で出来ている。外壁はリシンガ吹き付けられているが、一部塗料が剥げている部分から赤煉瓦が確認出来る。
G愛世会愛誠病院の病棟の花壇の煉瓦から上敷免製の刻印が入った煉瓦を確認。
G愛世会愛誠病院の病棟の花壇の煉瓦から耐火煉瓦と思われるSSの刻印付き煉瓦が確認出来た。(品川白煉瓦)
H愛世会愛歯技工専門学校附属歯科診療所。
H愛世会愛歯技工専門学校附属歯科診療所。外壁のリシンが剥げている部分から赤煉瓦が見える。
I南極の石。この南極の石は、加賀の町に国立局地研究所があった事を知って頂くために、国立局地研究所から加賀のまちづくり協議会へ記念品として寄贈されたものです。縞状黒雲母片麻岩。南極ブライド湾にて1984年2月採取。
Jコミュニケーションステージ。
東京第二陸軍造兵廠板橋製造所(通称「二造」)の一部保存したモニュメント。このモニュメントは、明治から大正時代に建てられた煉瓦建造物の一部を利用しています。明治時代から太平洋戦争の敗戦まで、加賀1、2丁目には日本陸軍の火薬製造所(東京第二陸軍造兵廠板橋製造所、通称「二造」)がありました。製造所は、江戸時代の旧加賀藩下屋敷の広大な敷地を利用して作られていました。内部には、火薬の事故に備えて土塁で囲まれた建物や煉瓦造りの建物などが立ち並んでおり、その一部には、戦後の払い下げ後も学校や工場、研究所の建物として利用されていました。ここの敷地にも、当時の建物が工場として残されていましたが、日本の近代建築史を伝える貴重な煉瓦建造物を保存・活用するたえm、その一部をモニュメントとして利用することになりました。
一部を保存したモニュメント。この部分のみ保存されて。周囲の部分は新しい煉瓦で復元。
J東京第二陸軍造兵廠板橋製造所(通称「二造」)
J東京第二陸軍造兵廠板橋製造所(通称「二造」)屋根が無い状態で保存?されていたようだ。防爆の倉庫の場合、爆発したときに屋根が吹き飛び周辺への被害を最小限にしていた。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『板橋区』を掲載」