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更新日時 2017年01月24日

煉瓦構造物 荒川区千住製絨所跡
 千住製絨所は、かつて東京都荒川区南千住にあった官営の工場。明治新政府によって設立され、被服生地を製造していた。明治維新から暫くの間、新政府の軍服・制服は輸入により賄われていた。外貨減少を抑えるためその国産化が必要であると感ぜられ、荒川区南千住6丁目に千住製絨所が完成、操業を開始した。1945年(昭和20年)、敗戦により一切の操業を停止し、土地建物併せて足立区の民間企業・大和毛織に売却されたが、業績不振により1960年(昭和35年)に操業停止となり閉鎖、製絨所は80余年の歴史に幕を閉じた。都立荒川工業高等学校、サッポロビール荒川物流センター付近の路地に沿って煉瓦製の塀が長らく残っていた。しかし、荒川工業高校の改築ならびに、サッポロビール物流センター移転とその跡地へのライフ南千住店建設に伴い、1990年代〜2000年代にかけて大部分が撤去された。現在、ライフ店舗横に数メートル残され、産業遺構として保存されている。
千住製絨所。創建当初の千住製絨所の北東から撮影。荷物運搬用として荒川(現隅田川)から引いた堀があった。
千住製絨所正門。昭和初期の頃の千住製絨所正門を撮影。画面左側が現存する煉瓦塀。
@千住製絨所の煉瓦塀の跡。現在の荒川工高の煉瓦塀として現役で使われている。
@千住製絨所の煉瓦塀はイギリス積みで積まれている。
@千住製絨所の煉瓦塀の跡。
A千住製絨所の煉瓦塀の跡。
A千住製絨所の煉瓦塀の跡。ここから先は新しい煉瓦で修復されている。
B千住製絨所の煉瓦塀の跡。
B千住製絨所の煉瓦塀の跡。
B千住製絨所の煉瓦塀の跡。
B小菅集治監の煉瓦の刻印を発見。この刻印を見つけたのはBAKEさんで、たくあんさんは前回来たときに煉瓦の刻印を見つけられなかったと言っていましたが、煉瓦の刻印探しは大勢の人で探すと見つかりやすいですね。
B小菅集治監の煉瓦の刻印。煉瓦の刻印を2箇所確認出来ました。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『荒川区』を掲載」