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更新日時 2017年03月23日

煉瓦構造物 岡山市水道記念館
 岡山市水道記念館は、明治38年に建造された、煉瓦造桟瓦葺平屋、トラス小屋組の洋風建築。屋根の四周にパラペットをのせ、正面に切り妻、天然スレート葺きのポーチを設ける。三野浄水場として岡山市で最初に建設された浄水場で、明治38年(1905年)7月23日に通水を開始た。当時、動力室・送水ポンプ室として使用されていた建物を再利用し、岡山の水道について学べる施設になっています。建物は平成17年に国の登録有形文化財に登録されています。
@岡山市水道記念館。正面から向かって左半分が送水ポンプ室、右側が動力室であった。開業当初は取水ポンプ・送水ポンプを1室に、動力室には蒸気機関を配していたが、第1期拡張工事の際には早くも動力は電力となり、蒸気機関は予備としてそのまま置かれることになった。その後、第3期拡張工事の祭、災害時の予備動力としてディーゼル機関に改修された。
@岡山市水道記念館。
@岡山市水道記念館。
@岡山市水道記念館。
@岡山市水道記念館の窓部分の煉瓦造り。窓は上げ下げ窓、基礎や窓の要石など随所に花崗岩を使う。
@岡山市水道記念館の軒下部分を確認したが、煉瓦のj刻印は確認出来なかった。
@岡山市水道記念館の軒下部分を確認したが、煉瓦のj刻印は確認出来なかった。
@岡山市水道記念館前の噴水。
@明治時代の水道管。この水道管は水道創設と共に布設された明治37年製の鋳鉄管で、継ぎ手は現在のゴムによる止水する方式でなく、鉛コーキングをしようしています。
@岡山市水道記念館前の流水のオブジェ。
@岡山市水道記念館前の流水のオブジェ。
A旧動力室煙突。この煙突は、創設時に送水ポンプを動かすための蒸気機関用として作られました。八角形煉瓦積みで、当時は約30mの高さがありました。今は高さ12mとなっていますが、非常用ディーゼルエンジンの排気塔として現在も活躍しています。旧動力室・送水ポンプ室(現水道記念館)と併せて登録有形文化財の指定を受けています。
A旧動力室煙突の八角形の部分は異形煉瓦が使われている。
A旧4号緩速ろ過池の断面。明治38年に岡山に水道ができた当時の、旧4号緩速ろ過池の一部を移築したものです。中ほどに見える大きなブロックや粘土層は、100年前に作られた実物を用いています。当時の文献「工学雑誌」によると、このブロックは三野浄水場内において手作業で作られたもので、漆喰やコンクリートの層でできています。作業員二人がかりで重さ7kgの鉄の棒で固めたり、水を撒きながら長時間かけて乾燥させたりするなど、約3ヶ月もかけて完成しました。また水漏れを防ぐ為にブロックの下に敷いた粘土も同様に三野浄水場で練り上げたものです。
B緩速ろ過池
緩速ろ過は、100年前と同じ方法で薬品を使わずに水をきれいにする方法です。1日3〜5mのゆっくりとした速さで、池の底の細かい砂の層に通し、水中のゴミや臭いを取り除きます。1池で1日に5,000立米の水を綺麗にすることができます。三野浄水場には6つの緩速ろ過池があり、そのうち2つ(1号、3号)は日本最古の緩速ろ過池として登録有形文化財の指定を受けています。
B緩速ろ過池上屋は煉瓦造り。
Cトイレ前の水飲み場。
Cトイレ前の水飲み場の岸和田煉瓦の刻印。大型の×の刻印。
Cトイレ前の水飲み場の岸和田煉瓦の刻印。小型の×の刻印。
Cトイレ前の水飲み場の岸和田煉瓦の刻印。小型の×を重ねた刻印。意図的に岸和田煉瓦のキをイメージして刻印したのか?
Cトイレ前の水飲み場の煉瓦の刻印。傘◆にホの刻印。
Cトイレ前の水飲み場の煉瓦の刻印。傘◆にチの刻印。
Cトイレ前の水飲み場の煉瓦の刻印。傘◆に?の刻印。上記煉瓦と同じ製造メーカー?
Cトイレ前の水飲み場の煉瓦の刻印。上記煉瓦と同じ製造メーカー?
Cトイレ前の水飲み場の煉瓦の刻印。品川煉瓦の刻印?
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『岡山市』を掲載」