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更新日時 2017年04月25日

 竹原市吉名では、明治28年(1895年)に松本勝太郎が登り窯を築い たのを皮切りに、レンガの生産が始まった。吉名は、鉄分を 多く含む良質な赤土が豊富な土壌であったため、品質が高く、 日清・日露戦争による需要の拡大とあわさり、瞬く間にレン ガの産地として名を馳せることとなった。大正14年(1925年)には、従来の登り窯より熱効率に優れたホフマン式輪環窯が建てられ、大量生産が可 能となった。吉名町には、ホフマン式輪環窯煙突部が現在に残り、平成19年(2007年) に経済産業省の近代化産業遺産認定遺産リストへ掲載された。現在、吉名町にレンガ 工場が3社あり、高品質なレンガを作り続けている。
@有限会社東亜煉瓦工場の危険物倉庫。東亜煉瓦工場の社章は菱形にTの社章なので、もしかしたら、菱形にTの煉瓦の刻印があったら、東亜煉瓦工場の煉瓦の刻印かもしれない。
@有限会社東亜煉瓦工場の危険物倉庫はイギリス積みで積まれている。
@有限会社東亜煉瓦工場の危険物倉庫の小庇の平面を確認したが、煉瓦の刻印は確認出来なかった。
A吉名煉瓦の煉瓦造りの煙突が残る。現在はマリーナのレジャーボート置き場になっている。ホフマン式輪環窯煙突。国の近代化遺産リストにも登録された大煙突。
A吉名煉瓦の工場跡の海岸線沿いには、煉瓦が廃棄されていて、煉瓦の海岸になっている。
A海岸に捨てられている煉瓦の刻印を探して見ると、○にYの刻印が多数確認出来た。吉名煉瓦の刻印
B山陽煉瓦工場の塀は煉瓦で出来ています。煉瓦塀の下部はイギリス積みで、上部は長手積みで積まれている。
B山陽煉瓦工場の塀は煉瓦で出来ています。
B山陽煉瓦株式会社の煉瓦の刻印。平面に大きくJISのマークとSRKの刻印。
C山陽煉瓦株式会社の新しい煉瓦。
C山陽煉瓦株式会社の新しい煉瓦の廃棄物。
C山陽煉瓦株式会社の神社。
D山陽煉瓦工場奥の民家の小屋にも煉瓦が使われている。山陽煉瓦関連の民家か?
D山陽煉瓦工場奥の民家の小屋にも煉瓦倉庫。
E山陽煉瓦工場奥の海岸に煉瓦の屑が廃棄されている。
E山陽煉瓦工場奥の海岸に煉瓦の屑が廃棄されている。
E山陽煉瓦工場奥の海岸に煉瓦の屑が廃棄されている。焼き過ぎ煉瓦の様な黒い煉瓦も散見される。
E山陽煉瓦のJISマーク付きの煉瓦の破片も落ちていた。比較的最近まで捨てられていたのか?
E山陽煉瓦株式会社の煉瓦の刻印。平面に小さくSRKの刻印。
E山陽煉瓦株式会社の海岸線に落ちていた煉瓦の刻印。山陽煉瓦の刻印?
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『竹原市』を掲載」
出典: 第1章 竹原市の歴史的風致形成の背景
山陽煉瓦・吉名煉瓦・東亜煉瓦