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更新日時 2017年06月06日

煉瓦構造物 広瀬歴史記念館煉瓦塀
 広瀬歴史記念館煉瓦塀:広瀬歴史記念館は明治維新の動乱から別子銅山を守り、さらに近代化を促進した広瀬宰平の業績やその生活ぶりを後世に伝えるために愛媛県新居浜市が設置した博物館である。展示館と旧広瀬邸からなり広瀬公園の中にある。広瀬宰平は1828年に近江の北脇家に生まれ、9歳で別子銅山に勤務し28歳の時に広瀬義右衛門の養子となった。幕末から明治初期にかけて支配人や住友家総理事などを歴任し明治新政府による接収から銅山を守り、また積極的に外国人技師の招聘や機械化など近代化を進め、ダイナマイトの活用や日本初の山岳鉄道の導入などで効率化を図った。南煉瓦塀:大正5年竣工、全長108m余。
@広瀬歴史記念館の南煉瓦塀。大正5年竣工、全長108m余。
@広瀬歴史記念館の南煉瓦塀。
煉瓦塀頭頂部の裏側を確認したが煉瓦の刻印は確認出来なかった。
@広瀬歴史記念館の南煉瓦塀。
道を挟んだ反対側にも煉瓦塀があるがこれは新しい煉瓦塀?
@広瀬歴史記念館の南煉瓦塀。
煉瓦塀自体は綺麗に積まれていない。余りコストをかけなかったのか?煉瓦自体も等級の低い煉瓦が使われている。
@広瀬歴史記念館の南煉瓦塀。
@広瀬歴史記念館の南煉瓦塀。
煉瓦塀はイギリス積みで積まれている。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『新居浜市』を掲載」