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更新日時 2017年11月11日

煉瓦構造物 半田赤煉瓦建物
 半田赤レンガ建物は、愛知県半田市にある赤レンガ建物(赤レンガ倉庫)である。建物は、ハーフティンバー棟、創建時主棟、貯蔵庫棟の3棟で構成されており、改修前の建物内部は年に数回一般公開されていたが、2014年〜2015年にかけての耐震補強工事を経て2015年(平成27年)7月18日からは常時公開されている。1898年(明治31年)、基礎設計をドイツのゲルマニア機械製作所、実施設計を妻木頼黄が手がけた丸三麦酒のビール工場であった。第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)に中島飛行機製作所の衣糧倉庫となり、戦後は1948年(昭和23年)7月に設立された日本食品化工のコーンスターチ製造工場の一部(主として製品保管倉庫)として1950年(昭和25年)3月より使用されたが、1994年(平成6年)9月に同工場は操業を終え、1996年(平成8年)3月に同社が半田市へ土地と建物(赤レンガ倉庫)を譲渡した。また、現在までの間に東南海地震、三河地震、半田空襲などに見舞われるも現在までその姿を残しており、半田空襲の際にP-51戦闘機から受けた機銃掃射の傷跡が現在でもその壁面に残っている。2004年(平成16年)7月23日にはハーフティンバー棟、創建時主棟、貯蔵庫棟 の3棟が国の登録有形文化財に、2009年(平成21年)2月23日には経済産業省より近代化産業遺産の認定を受けた。なお、2014年(平成26年)より改修工事のため公開を行っていなかったが、2015年(平成27年)7月18日に観光施設としてリニューアルオープンした。
@半田赤レンガ建物。
@半田赤レンガ建物。
@半田赤レンガ建物。
@半田赤レンガ建物。ハーフティンバー棟とトロッコの軌道。木骨煉瓦造り、平屋建てで、勾配の緩やかな切妻屋根をのせたこの棟は、ハーフティンバーという建築構造様式で造られています。他の部分と異なり重厚な赤い煉瓦壁と木骨の柱・梁、筋交いの軽快さが対照的です。このハーフティンバー棟は、兜ビール工場時代、瓶詰め場、瓶置場、瓶洗場などに使用されていました。また、現在のデッキのレベルに運搬用のプラットホームがあり、トロッコの軌道が延びていました。
A半田赤レンガ建物。この柱は、半田赤煉瓦建物内にあって、鉄の柱の上に設置された梁を支えていたものです。頑丈で火に強い建物とするために、柱や梁には鉄も利用されていたようです。創建時にはこの場所にあった機械室で使われていました。
A半田赤レンガ建物。
A半田赤レンガ建物。建物北壁面には多数の機銃掃射痕が刻まれています。壁面から回収した実弾もあり、戦争の遺跡として被害を現在に伝えています。
A半田赤レンガ建物。
イギリス積みで積まれている。
A半田赤レンガ建物。古い煉瓦を使い池が造られているが、煉瓦の平面が出ていて、煉瓦の刻印がたくさん確認出来る。
A半田赤レンガ建物。
漢字で2の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で3の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で6の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で12の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で16の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で19の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で22の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
漢字で23の煉瓦の刻印。
A半田赤レンガ建物。
この刻印は最初は傷かと思ったが同じ様な刻印があったので、これも煉瓦の刻印と判断。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『半田市』を掲載」