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更新日時 2018年04月23日

 上信鉱山焼成炉:群馬県吾妻郡嬬恋村干俣に上信鉱山がありました。四阿火山から噴出した更新世後期の浦倉溶岩の安山岩が熱水変質を受けて生成したハロイサイト鉱床。 安山岩中の灰長石が酸性の条件で変質してハロイサイトが生成したと考えられる。昭和15年炭窯造成中にロウ石の鉱脈を発見し、試験的に小規模な採掘が行われた。昭和18年に軍需産業の指定を受け、日窒鉱業が上信鉱山として採掘。 太平洋戦争末期に飛行機の増産に伴い、アルミニウム原鉱を、嬬恋村大字干俣の上信鉱山からアルミニウム製造工場へ輸送するため、鉱石運搬鉄道を敷設しようという計画が立てられた。鉱石産出の干俣上信鉱山より鉱石を索道によって芦生田まで搬出し、芦生田より鉄道によって長野原町大字長野原まで間を輸送し長野原線に連絡輸送しようというものであった。終戦を機に採掘は終了するが、昭和29年に光山電化上信鉱業所として再開発。専ら耐火煉瓦の資材として採掘した。昭和32年には、高さ14メートル、直径4メートルの焼成炉を2基設置。昭和38年(1963年)に火災が発生、鉱山事務所や宿舎が焼失。鉱脈も尽きかけていていたため、これを機に上信鉱山は閉山した。
@県道から干俣川方面へ左折。
A干俣川の本澤橋を渡り、万座林道起点の標識を万座林道方面へ。この林道は昭和25年完成。
B万座林道の分岐を直進方向。
Cこの先は結界を示すロープが張られている。ここから先は魔界への道のため、行かれる方は自己責任でお願いします。
C途中は小川が流れていて野鳥の会の長靴は必須だ。
D万座林道が川を渡っている地図になっているが、橋は確認出来なかった。
E川沿いの道と一段上の道の分岐点に煉瓦の門柱があった。煉瓦の門柱は川沿いの道に設置されている。
E煉瓦の門柱の脇には車輪が転がっていた。
Eもう片方の煉瓦の門柱(川側)。
Eもう片方の煉瓦の門は崩れていて先ほどの門柱より低かった。大水等で破壊されたのか?
E川側の門柱の煉瓦の破片に日本煉瓦の刻印を確認。
F上信鉱山の焼成炉が見えた。沢登りをしても、一段上の林道を藪漕ぎしても行けそうです。冬場は藪漕ぎで、夏場は沢登りの方が良いかもしれません。
F上信鉱山の焼成炉。奥が1号炉で手前が2号炉。
F上信鉱山の2号炉上部。崩壊がかなり進んでいる。
F上信鉱山の2号炉下部。
F上信鉱山の焼成炉内部。
F上信鉱山のクリンカー。
F上信鉱山の焼成炉の崩壊が進んでいる。
F上信鉱山の耐火煉瓦に品川煉瓦の刻印を確認。
F上信鉱山の煉瓦に日本煉瓦の刻印を確認。
F上信鉱山の基礎。
G上信鉱山の採掘場から焼成炉までトロッコ軌道があったと言われている。
G石垣がトロッコ軌道の跡。
G焼成炉から川沿いを上り、旧鉱山事務所跡へ向かう。
G旧鉱山事務所跡に鋼管の配管が残っていた。水道?又は圧搾空気の配管?
G旧鉱山事務所跡。グーグルやマピオンの地図上では鉱山事務所跡に建物の記号があるが、全く何も残っていなかった。
H旧鉱山事務所上部の開けた部分。
H旧鉱山事務所上部の開けた部分。
I上信鉱山の露天掘り部分。
I上信鉱山の露天掘り部分の脇に小さな瀧が流れているがその近くに穴が開いている。
I穴は9割方埋まっているために内部は確認出来なかった。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『妻恋村』を掲載」
煉瓦構造物 上信鉱山焼成炉