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更新日時 2019年05月14日

煉瓦構造物 屯田兵第三大隊本部火薬庫
 屯田兵第三大隊本部火薬庫:明治11年初めて江別に屯田兵が入地し、江別・野幌兵村の配備が完了する明治19年迄に、総計445戸の屯田兵が入地しました。当初、江別の屯田兵は札幌・琴似に本部を置く第一大隊に所属していましたが、明治20年に第三大隊として独立し、江別・篠津の両屯田は第一中隊、野幌屯田は第二中隊として編成されました。この第三大隊本部は、今の江別小学校のある萩ヶ丘に置かれ、明治24年、江別の屯田兵が予備役に編入され、滝川に本部を置く第二大隊の配属になるまで、その役割を担いました。大隊本部の建物は、屯田兵の解散移築され、他の施設に利用されていましたが、昭和9年1月失火により消失し、現在は火薬庫だけが残されています。この火薬庫は、大隊本部の附属施設として明治19年頃建てられたと推定され、建築面積約15平方メートルの煉瓦造り平屋建ての建物です。使用されている煉瓦は「S」の刻印から白石の鈴木煉瓦製と思われます。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫。屋根は瓦葺き。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫の窓枠の一部には石が使われている。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫はフランス積みで積まれている。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫の腰壁部分天端は焼き過ぎ煉瓦が使われている。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫の腰壁部分天端は焼き過ぎ煉瓦が使われている。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫の軒下は平面が多く見られる。
@屯田兵第三大隊本部火薬庫の煉瓦の刻印。○にSの刻印。白石の鈴木煉瓦の刻印と思われる。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『江別市』を掲載」