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更新日時 2019年07月11日

煉瓦構造物 サッポロビール博物館
 サッポロビール博物館は、北海道札幌市東区にある博物館。日本国内で唯一となるビールに関する博物館になっている。1869年(明治2年)に開拓使が設置されると明治政府によって勧農・殖産興業が推し進められ、開拓使官吏の村橋久成やドイツでビール醸造技術を学んだ中川清兵衛を招聘して官営模範工場となる「開拓使麦酒醸造所」を1876年(明治9年)に創設し、現在のサッポロファクトリーがある場所に工場を建設した。開拓使廃止後は農商務省の所管となり、1884年(明治17年)に「札幌麦酒醸造場」と改称している。1886年(明治19年)に大倉喜八郎の大倉商会(大倉財閥)が麦酒醸造場の払い下げを受け、翌年に渋沢栄一らが譲り受けて「札幌麦酒会社」を設立し、現在のサッポロビールに繋がっている。 サッポロビール博物館の煉瓦造の建物は1888年(明治21年)設立の「札幌製糖」が1890年(明治23年)に建設した製糖工場である。ところが、この製糖会社は原料となるビートの確保に誤算があったほか、不祥事が多発したため衰退の一途を辿って解散してしまう。一方で、ビール工場は年々増える生産量に対応するため工場増設の必要性に迫られており、1903年(明治36年)に煉瓦造の製糖工場を買い取って製麦工場として使用した。建物は改修や補強をしながら1965年(昭和40年)まで工場として稼働していた。1966年(昭和41年)にサッポロビール創業90周年を記念して「開拓使麦酒記念館」となり、ビアホールの「サッポロビール園」を併設した。その後、一時は取り壊しの声もあったが、歴史的な建物を残す機運が高まり、1987年(昭和62年)に「サッポロビール博物館」として開館した。文化庁から国の重要文化財に指定したい申し出もあったが、重要文化財になると建物や内部設備の改装などに国の許可が必要になること、今後も会社を挙げて保存に努めるつもりであることから辞退している。2004年(平成16年)と2016年(平成28年)に館内を全面リニューアルしている。
@サッポロビール博物館。
@サッポロビール博物館。
@サッポロビール博物館。
@サッポロビール博物館。ビール仕込み釜。ビールの原料であれる麦芽・ホップ・水などを混ぜて熱を加えて煮る「仕込み釜」の一部です。ドイツ、マーチン社製で、直径4m熱を効率的に伝えるために銅で造られています。大阪工場で1961年から約40年間にわたって、ビールを3万回も仕込んだとの記録が残っています。
@サッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館
A麦酒工場のシンボル「カブト」煙突。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。煙突も煉瓦で積まれている。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。イギリス積みで積まれている。
Aサッポロビール博物館。
Aサッポロビール博物館。平面が出ている場所が有ったが煉瓦の刻印は確認出来なかった。
Aサッポロビール博物館。焼きすぎ煉瓦の平面が出ている場所が有ったが煉瓦の刻印は確認出来なかった。
Aサッポロビール博物館。補修用の新しい煉瓦が使われている。
イギリス積みで積まれている。
Aサッポロビール博物館。補修用の新しい煉瓦が使われている。
Aサッポロビール博物館。補修用の新しい煉瓦を使用しているので平面に穴が開いている。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『札幌市』を掲載」