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更新日時 2017年12月25日

煉瓦構造物 浦賀導水坑
 浦賀導水坑:明治33年(1900年)に操業開始した浦賀ドックが工業用水を確保するために、現在の二葉2丁目にあった溜め池から掘られた、全長約1,000mの導水坑の出口です。現在は使用されていません。旧浦賀ドックは工業用水の確保のためにこの導水坑と荒巻用水路を整備しました。明治33年に作成された工場の設計図には荒巻用水路しか記載がなく、その完成は明治35年(1902年)12月ですが、導水坑の記録は、昭和に入って作成された図面に残されています。この導水坑は、旧浦賀ドックが、独自のタービンを開発するため、冷却用の水を大量に必要とし、このために整備されたものと考えられます。この工場で初めて開発された、浦賀式3連成レシプロ汽機と排気タービンによる連動主機は、昭和6年(1931年)に建造された貨客船「新京丸」に初めて搭載されているので、タービンの開発と導水坑の整備は更に溯ることとなるのでしょう。当時は、使用後の熱くなった冷却水が、職員のための風呂の湯として利用されたそうです。
@浦賀導水坑入口。
@浦賀導水坑入口の軒の部分を確認したが、煉瓦の刻印は確認出来なかった。
@浦賀導水坑入口はイギリス積みで積まれている。
@浦賀導水坑内部は長手積みで、奥の水槽から導水管が続いている。
@浦賀導水坑内部突き当たりに水槽が有り、そこから導水管が伸びている。
@浦賀導水坑内部突き当たりの左側に横に伸びる坑道が有る。
@浦賀導水坑内部の横坑道は5m程進むと中で少し広くなっている。
@浦賀導水坑内部の横坑道の少し広くなった先の坑道は埋められている。この先も長く続くのだろうか?
@浦賀導水坑内部でコンクリートの白華現象と思われるのがありました。たくあんさん撮影。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『浦賀市』を掲載」