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更新日時 2018年04月05日

 水戸線旧鬼怒川橋梁:1938年の昭和13年9月に発生した鬼怒川の大洪水により初代橋は崩壊。この洪水による死傷者は関東全域で328人に及んだ。昭和15年に現在の新鬼怒川橋梁が竣工。水戸線は、1889年(明治22年)に水戸鉄道(初代)により小山駅 - 水戸駅間が開業した。水戸に到達した最初の鉄道である。水戸鉄道は1892年(明治25年)に日本鉄道に買収されてその支線となったが、1895年(明治28年)に土浦から友部に海岸線(現在の常磐線)が延伸され、友部駅 - 水戸駅間は実質的にその一部となった。日本鉄道は、1906年(明治39年)に鉄道国有法によって買収・国有化され、旧水戸鉄道区間も官設鉄道に編入された。1909年(明治42年)の線路名称制定時に旧水戸鉄道区間のうち友部駅 - 水戸駅間が常磐線に編入され、小山駅 - 友部駅間が水戸線となった。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台。新鬼怒川橋梁の工事の時に築堤の一部を削ったのか、焼き過ぎ煉瓦と赤煉瓦の境がある。これは千ヶ崎砲台の煉瓦隧道でも、雨がかり、部分は焼き過ぎ煉瓦を使っていた構造と似ている。雨かかり部分は吸水率の少ない焼き過ぎ煉瓦を使用。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台。下部がアーチ状になっている。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台。コーナー部煮は切石を使用している。煉瓦の見える部分は焼き過ぎ煉瓦を使用。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台。煉瓦の平面が沢山出ている部分が有ったが、煉瓦の刻印は見つからなかった。
@水戸線旧鬼怒川橋梁の煉瓦橋台に大阪窯業の煉瓦の刻印と思われる物があった。秩父鉄道(1921年(大正10年)4月1日 北武鉄道が羽生 - 行田(現・行田市)間開業)の煉瓦橋台でも大阪窯業の煉瓦の刻印を確認しているので、大阪窯業の煉瓦が使われていても不思議では無い。
@水戸線鬼怒川橋梁。この先に煉瓦橋脚の塊があるけれど堤防の工事中で入れなかった。新鬼怒川橋梁は1940年の昭和15年に竣工。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『筑西市』を掲載」
煉瓦橋台 水戸線旧鬼怒川橋梁