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更新日時 2016年07月25日

 熊野古道伊勢路 栃原橋梁 ねじりまんぽ:熊野古道の伊勢路とは、伊勢国・伊勢神宮から、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へ通じる参詣道、熊野参詣道のひとつである。伊勢神宮から熊野速玉大社までの総距離は約170km。国の史跡「熊野参詣道」(2000年〈平成12年〉11月2日指定)の一部として、2002年(平成14年)12月19日に追加指定を受けている。2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部。世界遺産登録区間は断続的に計32.9km。古くから、伊勢神宮と熊野三山を結ぶ交通路で『東海道中膝栗毛』にも登場し、「伊勢へ七度、熊野へ三度」と呼ばれる信仰の路であった。熊野古道伊勢路 栃原橋梁「ねじりまんぽ」の竣工時期は不明だが煉瓦橋梁の黎明期の明治初期と思われる。
ねじりまんぽ
@熊野古道伊勢路 栃原橋梁「ねじりまんぽ」
開業:明治初期。
場所:三重県多気郡大台町栃原。
熊野古道伊勢路。
2016年07月23日探索。
「ねじりまんぽ」は下に見えるラフターと廃ミキサー車の先の谷川の部分にある。
@勢和多気ICを降りて、国道42号線(熊野街道)を南下し、国道368号線の分岐を過ぎると、約200m位先右側に茶畑に入る細い道が有る。そこを入り、少し広い場所があるのでそこに車を止める。その先地図上では道が有るのだが、実際に行ってみると完全に廃道状態でこの先進むのは困難だ。
@仕方なく、茶畑の上の方からこの部分を下って行く。
Aこの道は旧熊野古道で、地図上は道が記載されている公道になる。廃ミキサー車の先に「ねじりまんぽ」がある。
A熊野古道のこの部分の下に川が流れていて「ねじりまんぽ」の栃原橋梁が有る。
A草に隠れていて見えにくいが両脇に栃原橋梁の欄干がある。
A熊野古道の栃原橋梁「ねじりまんぽ」の欄干。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の下流側に降りたが、下流側は約1m程の段差が有り、野鳥の会の長靴では水深が深く近づけないし、登るのは難しそうなので、数枚写真を撮影し再び降りてきた急斜面を登って上流側からサイドトライした。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の上流側も一部は野鳥の会の長ぐつでは水深が深く近づけない場所も有ったが、降りる場所を何度か変えてなんとかたどり着いた。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の下部はコンクリートなので後年に補強されたのか、それともこの「ねじりまんぽ」自体が比較的新しいものなのか不明であるが、現存している煉瓦造りの「ねじりまんぽ」の他の建設時期を見ると、明治初期から大正初期までなので、コンクリートの補強は後年に補強されたものと推測される。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の坑門のアーチ部分の煉瓦は化粧タイルのように大きな煉瓦が使われている。写真を見ると煉瓦自体の厚みは薄そうなので、見栄えを考えた意匠的なものであろう。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の口径が大きいので、よく見ないと「ねじりまんぽ」と解りづらい。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」。写真がぼけてしまったのが残念だが、傾斜を付けて施工されているのが解る。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の上流側の光景。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」を下流側から上流側を見た風景。欄干の上部が破損しているのが解る。
A栃原橋梁「ねじりまんぽ」の欄干の笠石が川に落下していた。
B栃原橋梁「ねじりまんぽ」に通じる南側からの熊野古道の状況。雑草が多いがアクセスは可能そうだが、結果的に@からアクセスした。
B栃原橋梁「ねじりまんぽ」に通じる南側からの熊野古道の入口付近。光の先は舗装道路。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『多気町・大台町栃原』を掲載」
出典: 組積造による斜めアーチ構造物の分布とその技法に関する研究
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