更新日時 2014年06月22日

 屋久島(やくしま)は、九州大隅半島の南南西約60kmの海上に位置する島。鹿児島県熊毛郡屋久島町に属し、近隣の種子島や口永良部島などと共に大隅諸島を形成する。島は周囲約132km。火山島ではなく、大部分は花崗岩からなっている。中央部には日本百名山の一つで九州地方最高峰の宮之浦岳 (1,936m) がそびえるほか、他にも数多くの1,000m級の山々を有し、「洋上のアルプス」の呼び名がある。また、海からの湿った風がこれらの山にぶつかり、「屋久島は月のうち、三十五日は雨」と表現されるほど大量の降雨をもたらすため、年間降水量は平地で約4000mm、山地では8000mmから10000mmにも達する。また、亜熱帯地域に位置する島でありながら、2,000m近い山々があるため亜熱帯から亜寒帯に及ぶ多様な植物相が確認されている。縄文杉などの屋久杉が自生するほか、日本最北端のガジュマル林がある。縄文杉(じょうもんすぎ)は、屋久島に自生する最大級の屋久杉。屋久杉を代表する古木として著名である。縄文杉を見るためには、徒歩で往復8〜10時間程度かかる。現在は保護のため木の周りには立ち入ることはできない。
 S大株歩道:屋久島では九州最高峰の宮之浦岳を始め、永田岳、翁岳など1,000mをこえる山々からなる山岳島です。この歩道は、通称大株歩道と呼ばれ、沿線には屋久杉の巨木がみられます。なかでも樹齢推定7,200年の縄文杉や大王杉は有名です。ここから急坂になり遅くてもここを午前10時までには出発してください。(縄文杉まで往復で4時間程度かかります)縄文杉からは遅くても午後1時迄に引き返してください。7:45登山開始。
@縄文杉登山のいきなりの洗礼です。
@屋久杉の間を通り抜けます。
@下が開いた屋久杉。 @伐採された屋久杉の間を通ります。
Aこの写真はわざとでは有りません(笑) A屋久杉の全体像は写せません。
A7:59分、翁杉着。
A大株歩道はかなりの急勾配です。
B8:05分、ウイルソン株到着。大株歩道始点から0.6q。
B屋久杉。
C屋久杉。 Cひたすら登ります。あせる
D屋久杉。 D走る人DASH!
E8:49分大王杉到着。
F8:54分夫婦杉到着。
G屋久杉。屋久杉の上に家が出来そうです(笑)
G沢に降り再び登るの繰り返し。 G屋久杉のトンネルを潜ります。
G走る人DASH!
 H縄文杉(じょうもんすぎ)は1966年、屋久町役場(当時)の観光課長だった岩川貞次氏により発見され広く紹介される。発見当初は大岩杉と呼ばれていた。「縄文杉」という名前の由来は、当時推定された樹齢が4,000年以上で縄文時代から生きていることから来たという説と、奔放にうねる幹の造形が縄文土器に似ているからという説がある。周囲の樹木の年輪測定、幹周の大きさなどから当初、樹齢7,000年以上と推定され話題になった。しかし、その後の調査で古木の周囲を3本程度の若い木が融合して包み込んでいる合体木である可能性が浮上し、外側の若い木の部分の年代測定では樹齢約2,700年と判定された(芯部の古木は樹体保護のため未調査)。ただし、鹿児島大学農学部が縄文杉のパーオキシダーゼをアイソザイム分析した結果、縄文杉は合体木ではなく一つの木であることが証明されている。また、調査によって倒木更新の痕跡も発見されている。また約7,300年前に鬼界カルデラから広がった幸屋火砕流によって、屋久島を含む九州南部諸島の大型植物は全滅したと考えられており、縄文杉の樹齢は古くとも4,000年以上はさかのぼらないとするのが定説になっている。一方で、後代に持ち込まれた記録の無いヤクシマザルなどの大型動物が現存していることから、屋久島全体が火砕流に飲み込まれたのではなく一部の動植物は生き延びたのではないかとする意見もある。
H 9:26分縄文杉到着フラッグ さらば屋久島また来る日まで グッド!
安房森林軌道小杉谷線リンク 安房森林軌道石塚線リンク 安房森林軌道屋久島電工線リンク
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屋久島 縄文杉登山