都電荒川線(王子駅前−三ノ輪橋)

更新日時 2009年02月08日

 かつて東京23区内に多数存在していた都電の路線のうち、荒川線は唯一の存続路線となっている。また、都内を走る軌道線は、新交通ゆりかもめの軌道扱いの部分を除けば、東急世田谷線と都電荒川線を残すのみとなった。荒川線は、王子電気軌道を東京都(当時は東京市)が買収したもので、元は27系統と32系統として別々に運行していたが、都電全面廃止の1972年11月12日に専用軌道を持つ同系統が荒川線として残った。現在も年配者の中には「王子電車」や「王電」と呼ぶ人がいる。車道と区分されていない純粋な併用区間は、明治通り(国道122号)上を走る王子駅前 - 飛鳥山間のみである。かつては小台 - 宮ノ前間にもあったが、道路拡幅に伴い車道と線路が別々になったのに伴い解消されている。他にこの区間を含む小台 - 熊野前間の道路中央をセンターリザベーション方式で通っている。それ以外の区間は大部分が専用軌道である。現在は1両編成(単行)のワンマン運転で運行している。
 三ノ輪橋 - 荒川一中前 - 荒川区役所前 - 荒川二丁目 - 荒川七丁目 - 町屋駅前 - 町屋二丁目 - 東尾久三丁目 - 熊野前 - 宮ノ前 - 小台 - 荒川遊園地前 - 荒川車庫前 - 梶原 - 栄町 - 王子駅前 - 飛鳥山 - 滝野川一丁目 - 西ヶ原四丁目 - 新庚申塚 - 庚申塚 - 巣鴨新田 - 大塚駅前 - 向原 - 東池袋四丁目 - 都電雑司ヶ谷 - 鬼子母神前 - 学習院下 - 面影橋 - 早稲田
@王子駅前停留所右側へ行くと飛鳥山停留所 @王子駅前停留所
@王子駅前停留所 飛鳥山停留所方面 @王子駅前停留所:三ノ輪橋停留所方面
@王子駅前停留所:早稲田停留所方面 @王子駅前停留所:JR東日本から借りている
AJR王子駅近く、新幹線高架下踏切から
AJR王子駅近く、新幹線高架下踏切から AJR線からここでカーブして離れて行く
B踏切 B踏切から栄町停留所方面を見る
B踏切から新幹線高架が見える B犬は踏切の真ん中を渡り・・・
B東京都交通局 境界杭 B都電荒川線脇の側道(東京都交通局管理?)
C栄町停留所:早稲田停留所方面 C猫は踏切の端を渡る・・・
C栄町停留所:1913年4月1日 開業。当初山下停留所。都営後現停留所名に改称。
D7000形(7022号車) D7000形(7024号車)
D梶原停留所:三ノ輪橋停留所方面 D梶原停留所:早稲田停留所方面7000形(7030号車)
D梶原の都電が描かれているマンホール D
E E
E荒川車庫前停留所(降車専用ホーム)
E荒川車庫前停留所 E荒川車庫前停留所
E荒川車庫前停留所 E荒川車庫前停留所
E都電おもいで広場 E都電おもいで広場
EPCCカー 5500型(5501号車)
 この電車は、アメリカの路面電車委員会「Presidents` Conference Committee」が開発したPCCカーの製造権を購入し、最新の技術を導入して昭和29年に作られた物です。独特の流線型の車体と低騒音・高加速の高性能を誇り、1系統(品川駅−上野駅)を昭和29年5月から昭和42年12月9日まで13年間走り続けました。
E学園号 旧7500形(7504号車)
 昭和37年に製造された7500形20両のうちの1両です。従来の都電とは趣を変えた2つ目のヘッドライトが特徴です。平成10年に休止車となる前の数年間は朝ラッシュ時の通学用電車として大塚駅前〜町屋駅前を走行し、「学園号」の愛称で親しまれました。
E都電おもいで広場:PCCカーの中の展示写真
E都電旧殿舎案内図 E学園号 旧7500形(7504号車)車内
 Eレトロ電車9000形(9001号車)昭和初期の東京市電をイメージしたレトロ車両として、また2001年(平成13年)に運転を終了した6000形に代わる新イベント車両として、9001号の1両を新造し、2007年5月27日に運行を開始した。2008年度にも9002号が落成している。
E荒川車庫前停留所:8500形(8502号) E左 7500形(7510号車) 右 7000形(7015号車)
E荒川車庫前停留所:1913年4月1日 - 船方車庫前停留所として開業。都営後現停留所名に改称。
 F荒川遊園地前停留所:1913年4月1日 - 開業。開業当初は荒川遊園前停留所。 都営後に尾久六丁目停留所への改称をへて、住居表示に伴い西尾久七丁目停留所に改称。 その後、現停留所名に改称。奇しくも開業当初の停留所名に戻った形となる。
F荒川遊園地前停留所  F8500形(8501号車)1990年(平成2年)より増備された形式である。当初は2形式全車を本形式で置き換える構想もあったが、財政面での関係や余剰車を出さないように5両で打ち切られている。
G小台停留所:早稲田停留所方面 G小台停留所:三ノ輪橋停留所方面
G小台停留所:三ノ輪橋停留所方面 Gセンターリザベーション化
H尾久警察署の餅つき大会及び覆面パトカー
 H宮ノ前停留所:相対式ホーム2面2線を有する地上駅。二つのホームはやや離れている。荒川線で唯一、ホームが上下とも道路上にある停留所である。現在は車道と軌道敷の間にホームがあるが、センターリザベーション化される前は、軌道敷が路肩に寄せられ、歩道の一部がホームとして嵩上げされた形態だった。
7500形(7501号車) I熊野前停留所:早稲田停留所方面
 I熊野前停留所:長い間「熊ノ前」と表記していた。 また、熊野前の駅名の由来は、昔「熊野神社」という神社があったからだという。但しこれは明治初期既に廃社されており、なぜ廃社後にできた都電(開通当時は王子電気軌道)の停留場名が「熊野前」となったのかは不明である。
 J東尾久三丁目停留所:1913年4月1日に下尾久停留所として開業。都営後、尾久町一丁目停留所を経て、住居表示に伴い東尾久三丁目停留所に改称。
K町屋二丁目停留所:1913年4月1日に町屋停留所として開業。のち町屋二丁目停留所に改称。
L町屋駅前停留所:三ノ輪橋停留所方面 L町屋駅前停留所
 M荒川七丁目停留所:1913年4月1日、博善社前停留所として開業。都営化後三河島八丁目停留所を経て、住居表示にともない現停留所名に改称。
N荒川二丁目停留所 N荒川二丁目停留所:三ノ輪橋停留所方面
 N旧三河島汚水処分場喞筒場(ポンプじょう)施設:旧三河島汚水処分場喞筒(ポンプ)場施設は、隅田川中流に位置する旧下水処理場施設で、東京市区改正事業の一環として、東京市技師米元晋一を中心として建設が進められ、大正11年3月に運用を開始した。 本施設は、わが国最初の近代下水処理場である旧三河島汚水処分場の代表的遺構として、高い歴史的価値が認められる。また、阻水扉室、沈砂池などの一連の構造物が、旧態を保持しつつまとめて残る点も、近代下水処理場喞筒場施設の構成を知る上で重要である。
 N人工の地盤の上にできた自然公園
 東京都の下水道場、三河島水再生センターの上を利用してできた荒川自然公園は水と緑が豊かな公園です。園内は2つのブロックに分かれ、北側はテニスコート、野球場、子供たちが乗り物を自由に乗れる交通園などアクティブなエリア。南側は大きな池を中心に木々に囲まれた散策路が巡っていて、のんびりとした時間を過ごすことができます。多少、人工的に作られた感もある場所ですが、自然観察や子供を遊ばせるにはぴったりの公園です。
O荒川区役所前停留所:三ノ輪橋停留所方面 O荒川区役所前停留所 7000形(7022号車)
 P荒川一中前停留所:停留所名は、近隣にある荒川区立第一中学校(地元では「荒川一中」あるいは単に「一中」と呼ばれる)に由来する。副停留所名として、「ジョイフル三ノ輪前」(ジョイフルみのわまえ)と付けられている。荒川線の停留所としては最も新しい。
Q三ノ輪橋停留所:降車専用ホーム
Q三ノ輪橋停留所
 Q三ノ輪橋停留所:現在の駅に先だって1911年(明治44年)に当時の東京鉄道によって日光街道(後に昭和通り)上に都電の三ノ輪橋駅が設けられた。王子電気軌道が東京市(都)電に統合された後は、場所が離れた2つの三ノ輪橋駅が存在したが、昭和通りの路線が1969年(昭和44年)に廃止され、現在の駅のみとなった。
都電荒川線(王子駅前−早稲田)へ続く
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