ローカル線の旅 流鉄流山線

更新日時 2009年12月28日

 流山線(ながれやません)は、JR常磐線と接続する千葉県松戸市の馬橋駅と同県流山市の流山駅を結ぶ流鉄の鉄道路線である。みりん産業がある流山市中心部とJR常磐緩行線を結ぶ。以前は「総武流山線」と呼ばれていたが、2008年8月1日からは「流山線」が正式な路線名となった。「流山線」への改称以前から利用者からは「流山線」あるいは「流鉄」「流電」などと呼ばれており、JRの車内放送でも当路線への乗り換え案内では「流山線」が用いられることが多かった。また、馬橋駅の乗り場案内標識や車内掲示の路線図、最近導入された自動放送でも「流山線」と案内されている。JR常磐緩行線に乗り入れる東京地下鉄6000系・06系の車内LEDの乗り換え案内では「総武流山電鉄線(Sobu-Nagareyama Line)」と表示される。路線図では馬橋の上部にある「総武流山線」の表記が修正されていないものもある。接続するJR常磐線の複々線区間とは対照的に、2両または3両編成の電車が走行する郊外の単線鉄道である。沿線風景は1970年代頃までは雑木林や農地などが広がるのどかなものだったが、その後は沿線の宅地化が進み、都心への通勤利用が増加した。だが、1993年から利用者が減少しており、特につくばエクスプレスが開業した2005年度は移乗などで大幅な減少となっている。
流鉄流山線駅一覧
馬橋駅 - 幸谷駅 - 小金城趾駅 - 鰭ヶ崎駅 - 平和台駅 - 流山駅
 流鉄のホームから階段が伸び、JR橋上駅舎を結ぶ跨線橋に繋がるが、これは1971年(昭和46年)の常磐線複々線化以前に常磐線下り線と総武流山電鉄(当時)がホームを共用していた名残である。現在この跨線橋は改札外通路である。跨線橋は流鉄階段上辺りでそのまま専用の歩道橋(西口)とつながり、駅西側を流れる新坂川を超えた場所に出られる。
馬橋駅(まばしえき)は、千葉県松戸市馬橋にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・流鉄の駅である。
 JRと流鉄は別改札で、JRは橋上駅舎がある。JR駅舎の真下にある出入口は東口である。橋上駅舎、跨線橋により改札外でつながる東西の出入口はどちらの会社線に乗降する際も使えるが、きっぷうりば、改札口が両社別々の場所であり、両社間に連絡改札口は存在せず、乗換えの際は一旦改札外へ出る。どちらの出入口もJR管理区域に入るためか駅名にはJR東日本のロゴしかないが、流山線階段上には「流山線」と表記された案内標識がある。
駅構造は1面2線の島式ホームを持つ地上駅である。
北松戸寄りの所で、流鉄の線路とJR常磐線の線路が接続されているが、普段は使われない。
流鉄流山線、馬橋駅 - 幸谷駅間の2号踏切より撮影。幸谷駅迄は常磐線と平行している。
流鉄流山線、馬橋駅 - 幸谷駅間の3号踏切より撮影。
流鉄流山線、馬橋駅 - 幸谷駅間の4号踏切より撮影。
流鉄流山線、馬橋駅 - 幸谷駅間踏切より撮影。
流鉄流山線、馬橋駅 - 幸谷駅間通路踏切より撮影。
 幸谷駅(こうやえき)は、千葉県松戸市新松戸にある流鉄流山線の駅である。JR常磐線・武蔵野線の新松戸駅が道路(新松戸駅前広場)を渡った向かいにあり、乗り換えに利用されている。ただし、JR線から当駅経由の連絡乗車券は発売されていない。
 駅構造は単式1面1線ホームの地上駅。駅舎は集合住宅「流鉄カーサ新松戸」の一階にある。旅客部分は、切符売り場など事務室前の小さなコンコースと改札口、ホームのみ。
流鉄流山線、幸谷駅 - 小金城趾駅間の線路。
流鉄流山線、幸谷駅 - 小金城趾駅間の13号踏切より撮影。
小金城趾駅(こがねじょうしえき)は、千葉県松戸市大金平にある流鉄流山線の駅である。
 小金城趾駅構造は島式1面2線ホームを持つ。流山線で唯一交換可能な駅である。そのため、上下双方の発車時刻はほぼ同じとなっている。駅舎は北東側にある集合住宅と一体的な造りであったが、後に駅舎反対側を繋ぐ歩道橋と接続した際に跨線橋の上部で出札・集札が行われるようになり、現在では事実上橋上駅舎となっている。
 旧駅舎は駅出口の一つ(大金平側)として使用されており、旧出札窓口は閉鎖されている。自動券売機及び出札窓口は跨線橋の上部にある事務所にある。駅員が1名常駐しているが列車発着時以外には一時持ち場を離れることがある。
流鉄流山線、小金城趾駅 - 鰭ヶ崎駅間の14号踏切より撮影。
流鉄流山線、小金城趾駅 - 鰭ヶ崎駅間の橋梁。
鰭ヶ崎駅(ひれがさきえき)は、千葉県流山市大字鰭ケ崎にある流鉄流山線の駅である。
 鰭ヶ崎駅構造は単式1面1線単式ホームを持つ地上駅である。ホームと駅の改札は線路の西側に設置されている。
流鉄流山線、鰭ヶ崎駅 - 平和台駅間の18号踏切より撮影。
流鉄流山線、鰭ヶ崎駅 - 平和台駅間線路。
流鉄流山線、鰭ヶ崎駅 - 平和台駅間の21号踏切より撮影。
流鉄流山線、鰭ヶ崎駅 - 平和台駅間の22号踏切より撮影。
流鉄流山線、鰭ヶ崎駅 - 平和台駅間の24号踏切より撮影。
流鉄流山線、鰭ヶ崎駅 - 平和台駅間の26号踏切より撮影。
平和台駅 (へいわだいえき)は、千葉県流山市流山四丁目にある流鉄流山線の駅である。
 昔は、この駅から東邦酒類株式会社の工場まで引き込み線が引かれていた。平和台の名は、平和不動産が開発・分譲した住宅地に由来する。2000系「なの花」
駅構造は単式1面1線ホームを持つ地上駅である。ホームと駅の改札は線路の西側に設置されている。
流鉄流山線、平和台駅 - 流山駅間の29号踏切より撮影。
流鉄流山線、平和台駅 - 流山駅間の跨線橋より撮影。
 流山駅(ながれやまえき)は、千葉県流山市流山一丁目にある流鉄流山線の駅であり、同線の終点である。流鉄の車庫がある。関東の駅百選に選ばれている。駅構造は1面2線のホームを持つ地上駅である。また、ホーム先に車庫がある。 島式ホーム1面2線に加え、車庫出入の側線という配線となっており、1番線が駅奥の車庫へ通じていて、2番線のみが駅舎前に車止めがある行き止まりとなっている(いわゆる頭端式ホームではない)。
 2000系「青空」 - 青色。クモハ2001・2002。1994年に入線した元西武801系。1968年、西武所沢工場製。西武鉄道の1803F(1803+803+804+1804)のモハ803+モハ804の2輛ユニットにクハ1803とクハ1804の運転台を取り付けて総武流山電鉄に譲渡され、それぞれ、クモハ2001、クモハ2002となった。総武流山電鉄初の冷房付きカルダン駆動車である。ワンマン対応、2両編成。
3000系「流星」(2代目)- 橙色 元西武101系135F(1999年入線、3両編成)
3000系「若葉」(2代目)- 黄緑色 元西武101系131F(2000年入線、3両編成)
 キハ30形・キハ31 - 1933年3月汽車会社製の半鋼製2軸ガソリンカーである。定員40名(座席20名)。同年4月から使用を開始し、電化されるまで旅客輸送の主力車両であった。窓・ドア配置は「F3-1D5D1」で、馬橋側に荷台がある。また、ドアにはステップが付いている。エンジンはフォードBB 4気筒 29kW(1600rpm)。座席はロングシート。1952年秋にエンジンと運転装置が撤去され、ラッシュ時に電車に牽引されて使用された。1959年に荷台の部分を窓1個だけ客室を延長してサハ31と改称した(窓・ドア配置は「F3-1D6D1」)。1963年5月15日付で廃車となった。なお、キハ31は現在エンジンをおろした客車時代の姿で流山市総合運動公園に静態保存されている。
 D51 14 D51型大型貨物蒸気機関車は昭和11年から昭和20年までに1116両製作され、特に初期のものは煙突、給水加熱器、砂箱、蒸気ドームなどが一体となり半流線型をしているのが特徴です。このD5114型蒸気機関車は、昭和11年2月29日大阪汽車会社で15台製作されたうちの1台で、当時の国鉄技術陣の総力を結集した傑作車。昭和11年2月大阪吹田機関区を振り出しに兵庫県鷹取から、北海道、函館、岩見沢、旭川の機関区で活躍し、昭和48年7月20日名寄機関区で最後の務めを果たして引退するまで37年余りにわたり、激動の昭和の日本各地を駆けめぐり、その全走行距離は実に2,352,349q地球を約59周におよび、我が国D51型蒸気機関車史上にさん然たる足跡を残した栄光の機関車です。
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