更新日時 2009年04月22日

駅からハイキング 横川アプトの道
 碓氷峠の歴史をたずねる「アプトの道」ウォーキング。横川駅 - 軽井沢駅間は一部の区間が遊歩道として整備されている。また、安中市松井田町の財団法人碓氷峠交流記念財団により、同駅間の廃線跡で、同財団の運営する「碓氷峠鉄道文化むら」の園内遊具として、「ぶんかむら駅 - まるやま駅 - とうげのゆ駅」においてトロッコ列車を運行している。現在、同財団と安中市は国土交通省と協議を行い、同財団を鉄道事業法における特定目的鉄道の正規鉄道事業者に昇格させ、同駅間の廃線を復活させる計画がある。2006年10月に鉄道事業法の認可を目指し、早ければ2007年10月の開業とJR横川駅への乗り入れを目標としていたが、計画は凍結状態にあり認可・開業時期とも未定となっている。
過去の探索履歴リンク
2008年05月吉日探索の旧信越線軽井沢駅−横川駅間新線下り線-1
2008年05月吉日探索の旧信越線旧線 めがね橋−熊ノ平間(遊歩道整備前)
2008年06月吉日探索の旧信越線軽井沢駅−横川駅間新線上り線
2009年04月吉日探索の旧信越線軽井沢駅−横川駅間新線下り線-2
2009年04月吉日探索の駅からハイキング 横川駅−めがね橋間(アプトの道)
2009年12月吉日探索の旧信越線旧線 横川駅−めがね橋間(アプトの道)
2011年04月吉日探索の旧信越線旧線 めがね橋−熊ノ平間(アプトの道)(遊歩道整備中)
2012年08月吉日探索の旧信越線旧線 横川駅−熊ノ平間(アプトの道)
2015年07月吉日探索の旧信越線旧線 坂城駅 - 戸倉駅間
JR横川駅 駅からハイキング受付
EF63-3号機関車の動輪 碓氷鉄道文化村のシェルパ君の線路
碓氷鉄道文化村のEF63-12 碓氷鉄道文化村のEF63-24 EF63-11
 鎮魂碑由来:碓氷路は、古くから東山道と呼ばれ古代から中世にかけて都と東国を結ぶ重要な宮道であった。その後、徳川期には中仙道として整備され旅人、馬子、駕籠、大名行列等で賑い、明治9年になって国道18号線となった。その後平行して明治21年馬車鉄道開設、明治26年信越線アプト式の開通、昭和41年複線電化と各種交通機関は幾多変遷を重ねて来ました。今、に信越線廃線に当たり各種交通機関建設に関わり殉職された方、思わぬ災害や交通事故に遭遇し尊い命を失った人達を慰霊する為鎮魂碑を建立する。遊子願わくば一遍の回向を賜わんことを  合 掌
アプトのラックレールがグレーチング代わりに利用されている。
ここから遊歩道と、シェルパくんの線路が分岐する場所。
シェルパくん(トロッコ列車)
遊歩道(旧信越本線上り線)とシェルパくんの路線(旧信越本線下り線)
上は上信越道 遊歩道
信号機跡(現在は機能していない) 踏切跡(現在は閉鎖されている)
旧丸山変電所 変電所の裏側を撮影する人は珍しい?
旧丸山変電所
遊歩道(旧信越本線上り線) 旧信越本線下り線の橋
旧信越本線下り線の橋  旧信越本線下り線:丸山変電所を過ぎると勾配がきつくなって行く
遊歩道(旧信越本線上り線) 霧積川橋梁
信越線旧線の煉瓦作りの橋梁の橋台が見える。
旧信越本線上り線の橋梁1961年 日本国有鉄道 KS-18WVB819-1 16.1T 236u 株式会社片山鉄工所
霧積川橋梁 旧信越本線上り線の橋梁下部
霧積川橋梁(上り、下り) 遊歩道(旧信越本線上り線)
シェルパくんの旧丸山変電所から峠の湯の途中の66.7‰の勾配標
遊歩道(旧信越本線上り線) 旧新設本線上り線の遊歩道はここまで。
峠の湯の駅と信越本線下り線(廃線)はここで分岐 ここからは旧信越線の廃線跡が遊歩道になっている。
国道18号線碓氷峠への道を潜る。(この橋梁は比較的新しい)
国道18号線碓氷峠への道を潜る。(この橋梁は比較的新しい)
白秋の歌「碓氷の春」 うすいねの 南おもてと なりにけり くだりつつ 思ふ 春のふかきを
信越線旧線 第1号トンネル(横川側)
信越線旧線 第1号トンネル内部
信越線旧線 第1号トンネル(軽井沢側)
遊歩道(旧信越本線上り線) 碓氷第2橋梁
碓氷第2橋梁
信越線旧線 第2号トンネル(横川側)手前に残っているレール
信越線旧線 第2号トンネル(横川側)
信越線旧線 第2号トンネル(軽井沢側)
碓氷湖
碓氷湖 旧信越線跡の遊歩道
碓氷湖 国道18号線碓氷峠への道を潜る。
信越線旧線 第3号トンネル(横川側)
信越線旧線 第3号トンネル(軽井沢側)
信越線旧線 第4号トンネル(横川側)
信越線旧線 第4号トンネル(軽井沢側)
坂本第6カルバート
信越線旧線 第5号トンネル(横川側)
信越線旧線 第5号トンネル(軽井沢側)
碓氷第三橋梁 碓氷第三橋梁から旧信越本線(下り)を見る
碓氷第三橋梁から国道18号線を見る 碓氷第三橋梁
信越線旧線 第6号トンネル(横川側)
 めがね橋:碓氷第三橋梁(うすいだいさんきょうりょう)碓氷川に架かる煉瓦造りの 4 連アーチ橋で、碓氷峠の代表的な建造物である。国鉄信越本線横川駅〜軽井沢駅間の橋梁の一つで、同区間がアプト式鉄道時代に使われた。設計者はイギリス人技師のパウナル (Charles Assheton Whately Pownall)、古川晴一。
 1891年着工。高崎駅と直江津駅を結ぶ路線(後の信越本線)のうち、上述の区間だけが未開通だったため急ピッチで工事が進められ、1893年に竣工。1963年に新線が建設され、アプト式鉄道が廃止されるまで使用された。全長 91 メートル、川底からの高さ 31 メートル、使用された煉瓦は約 200 万個に及ぶ。現存する煉瓦造りの橋の中では国内最大規模であり、1993年には「碓氷峠鉄道施設」として、他の 4 つの橋梁等とともに日本で初めて重要文化財に指定された。現在は横川駅からこの橋までの旧線跡が遊歩道になり、橋上の手すりや国道18号へ通じる階段などが整備されている。
新線から見ためがね橋 新線下りから見た、新線の上り
 ED42形電気機関車(ED42がたでんききかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省(のちの運輸通信省)が製造した直流用電気機関車である。
 信越本線横川〜軽井沢間(碓氷峠)の急勾配区間用アプト式電気機関車で、EC40形の置き換え用として導入された。基本設計はスイスから輸入したED41形を参考とし、1934年(昭和9年)から1948年(昭和23年)までの間に、日立製作所、東芝、川崎重工業、三菱重工業、汽車製造で28両が製造された。
めがね橋の工事風景 旧信越線の工事風景
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典:信越本線横川駅周辺鉄道文化財調査報告書
出典:碓氷鉄道文化村ホームページ