更新日時 2014年06月18日

 倉吉線(くらよしせん)は、かつて鳥取県倉吉市の倉吉駅から東伯郡関金町(現在は倉吉市の一部)の山守駅まで結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)である。国鉄再建法の施行により、1981年に特定地方交通線第1次廃止対象線区として承認され、1985年4月1日に全線廃止された。全線を通して運行される列車のほか、打吹駅、西倉吉駅、関金駅を発着する区間列車が設定されていた。なお、泰久寺・山守の両駅では客車列車の折り返しができなかったため、山守まで運転される列車はすべて気動車が使用され、客車列車は倉吉 - 関金間で運行された。開業時から廃止されるまで優等列車の設定はなく、すべて普通列車であった。1984年2月のダイヤ改正まで混合列車が残っていた。また、1980年時点では上下あわせて27本の列車のうち、表定速度が時速20km(キロメートル)以下の列車が9本あり、「日本一の鈍足列車運転線区」とも評された。さらに、最も表定速度の遅い普通列車として当線の列車が紹介されたこともあった。この時紹介された「424列車」は西倉吉から倉吉までの6.8kmに27分もかかっており、表定速度は15.1km/hで「マラソンランナーより遅い」と評されていた。これは、当線の線路等級が低く(簡易線)、30kgレールが用いられており、その後の高規格化工事も行われなかったため、軸重の大きいDE10形ディーゼル機関車が牽引する列車は、高速で運転することができなかったためである。
日本国有鉄道 倉吉線(廃線)
倉吉駅 - 上灘駅 - 打吹駅 - 西倉吉駅 - 小鴨駅 - 上小鴨駅 - 関金駅 - 泰久寺駅 - 山守駅
 @倉吉駅(くらよしえき)は、鳥取県倉吉市上井にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線の駅。京都方面への特急「スーパーはくと」の始発駅となっており、全ての特急・快速列車が停車する。地元では、上井(あげい)の駅とも呼ばれる。倉吉市の中心部からは離れており、1912年から1972年の間は中心市街地にあった倉吉線打吹駅が倉吉駅を名乗っていた。
 @倉吉駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ橋上駅。単式ホーム(3番のりば)と、島式ホーム(1・2番のりば)には橋上駅舎からそれぞれのホームに上り下り階段および、エレベータが設置されている。なお、橋上駅舎開業と同時に、以前は駅南側から1〜3となっていたのりばが、駅北側から1〜3に変更された。倉吉駅の駅北側には使用されず放置された引込線が存在していたが橋上化への駅舎改築を前に全て撤去され、現在その敷地は駅北口駅舎及び駅前広場となっている。このため当駅での夜間滞泊はホームを使って行われている。
 @地上駅時代の倉吉駅では、1908年(明治41年)に帝国鉄道庁神戸工場で製造された跨線橋が長年使用されていた。跨線橋の大きさは、高さ6.3メートル、長さ16.4メートル、幅3メートル。横揺れへの耐性が強いとされる「ラーメン構造」で、渡り廊下や階段には木板が使われ、階段支柱には古いレールも使用されていた。また門柱には「鉄道神戸明治41年」という刻印が残されていた。1908年製の一部木造の跨線橋は全国的にも稀少で、鉄道ファンからはこの跨線橋の現役引退を惜しむ声も聞かれたが、橋上駅舎化に伴い役目を終え、2010年に撤去された。現在、10本ある跨線橋の柱のうち1本をホームに残し、ラーメン構造の支えや窓部分は大阪府大阪市港区にある交通科学博物館に展示されている。
@倉吉駅の当時の写真(倉吉線鉄道記念館展示写真)
A倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。駐車場に転用されている。
B倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。廃線跡と解る部分が残っている。
C倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。廃線跡と解る部分が残っている。
D倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。この先は遊歩道になっている。
E倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。遊歩道になっている。
F倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。遊歩道になっている。
G倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。小型のコンクリート橋梁が残る。
H倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。小型のコンクリート橋梁が残る。
H倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。ガーター橋が残る。
I倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。橋台が残る。
I倉吉線の倉吉駅 - 上灘駅間の廃線跡。橋台が残る。
 J上灘駅(うわなだえき)は、かつて鳥取県倉吉市見日町にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。
 J上灘駅構造は単式ホーム1面1線のみを有する地上駅であった。当駅より打吹駅までの線路跡は自転車・歩行者専用道として整備されている。駅舎のあった場所にはモニュメントと公衆トイレ(上灘コンフォートステーション)、駐車場が設けられている。
K倉吉線の灘駅 - 打吹駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
L倉吉線の灘駅 - 打吹駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
M倉吉線の灘駅 - 打吹駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
N倉吉線の灘駅 - 打吹駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
 O打吹駅(うつぶきえき)は、鳥取県倉吉市明治町にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線の廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。倉吉線の中心かつ倉吉市市街地の中心駅として機能しており、当駅発着の区間列車も多く設定されていた。駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを有していた地上駅。構内南側の単式ホームに接して駅舎があり、その西側には有蓋車用の貨物ホーム1面1線と留置線1線があった。また、島式ホームの北側にも留置線が1線あった。
 OC1175蒸気機関車は昭和10年3月28日に製造され、戦前・戦中・戦後を通じて地方ローカル線の主力として日本の鉄道輸送を支え続け、昭和47年9月16日に廃車になるまで福知山線並びに境線で活躍しました。
 O倉吉線鉄道記念館 は、鳥取県倉吉市にある鉄道保存展示施設。倉吉市が運営管理する。
 O倉吉軽便鉄道として1912年(明治45年)に開通し1985年(昭和60年)に廃線となった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の記念館である。廃線跡を整備した「緑の彫刻プロムナード」の一角、途中駅の打吹駅跡地に館施設が立地している。館内は当時の写真パネル、信号機、資料等とともに協三工業製貨車移動用ディーゼル機関車等を展示、および館の横に当時の蒸気機関車C11 75を静態展示保存する。このような記念館では珍しく、電気を利用者が点けるようになっている。
P倉吉線の打吹駅 - 西倉吉駅間の廃線跡。この先は道路に転用されている。
Q倉吉線の打吹駅 - 西倉吉駅間の廃線跡。
R倉吉線の打吹駅 - 西倉吉駅間の廃線跡。倉吉線で使われていたレール。
 S西倉吉駅(にしくらよしえき)は、鳥取県倉吉市西倉吉町にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線の廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。駅構造は島式ホーム1面2線を持つ地上駅。構内東側に駅舎があり、その南側に有蓋車用の貨物ホームがあった。駅舎は撤去されているが、ホームの一部が保存され数メートルの線路が復元されている。駅跡の敷地は公園(ロードステーションにしくら)とトイレに整備されている。西側の島式ホームも保存され公園の一部となっていたが、県道501号拡幅の際に撤去され現在の形となった。
@倉吉線の西倉吉駅 - 小鴨駅間の廃線跡。ここから先は自転車線用道路になっている。
A倉吉線の西倉吉駅 - 小鴨駅間の廃線跡。自転車線用道路に転用されている。
B倉吉線の西倉吉駅 - 小鴨駅間の廃線跡。自転車線用道路に転用されている。
C倉吉線の西倉吉駅 - 小鴨駅間の廃線跡。小型の水路橋梁が残る。
 D小鴨駅(おがもえき)は、鳥取県倉吉市小鴨にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。駅跡地は駅舎、ホーム共に撤去されている。駅跡の敷地は公園(ロードステーションおがも)とトイレに整備されている。なお、西倉吉駅跡から上小鴨駅跡まで続く遊歩道「花と緑のふれあいロード」(鳥取県道501号倉吉東郷自転車道線)の中間地点となっている。小鴨駅(おがもえき)は、鳥取県倉吉市小鴨にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。
E倉吉線の小鴨駅 - 上小鴨駅間の廃線跡。自転車線用道路に転用されている。
F倉吉線の小鴨駅 - 上小鴨駅間の廃線跡。自転車線用道路に転用されている。
 G上小鴨駅(かみおがもえき)は、かつて鳥取県倉吉市上古川にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。駅構造は単式ホーム1面1線のみを持つ地上駅であった。駅跡の敷地は公園(ロードステーションかみおがも)とトイレに整備されている。なお、西倉吉駅跡から続く遊歩道「花と緑のふれあいロード」(鳥取県道501号倉吉東郷自転車道線)の終着地点(ロードステーションかみおがも)となっている。
H倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。自転車専用道路はここまで。この先道路に転用。
I倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。草むらが廃線跡。
J倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。小型の水路橋梁が残る。
J倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。この先再び道路に転用されている。
K倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。この跨線橋は道路整備後に付け替えられた様だ。
L倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。道路に転用されている。
M倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。ここから先は廃線跡が続く。
N倉吉線の上小鴨駅 - 関金駅間の廃線跡。ここから先は道路に転用されている。
 O関金駅(せきがねえき)は、かつて鳥取県東伯郡関金町大鳥居(現・倉吉市関金町大鳥居)にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。駅構造は島式ホーム1面2線を持つ地上駅で、構内南側に有蓋車用の貨物ホーム1面1線があった。機関車牽引の列車はこの駅より先の泰久寺・山守の両駅での機関車の付け換えが不可能だったため、全て当駅で折り返していた。線路跡は当駅のやや倉吉寄りの地点から、関金と泰久寺の中間あたりまでが農道に整備されている。駅舎のあった場所は駐車場や花壇に整備され、現在は駅前通りだった道と「駅前自治公民館」という公民館が残されている。
P倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。道路に転用されている。
Q倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。ここから先はレールが残る。
R倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。この廃線跡で私のディーゼル機関車を走らせてみたい。
S倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。この辺もレールが残る。
@倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。道路に転用されている。
A倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。この先もレールが残る。
B倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。レールが残る。
C倉吉線の関金駅 - 泰久寺駅間の廃線跡。泰久寺橋梁の橋台が残る。
 C泰久寺駅(たいきゅうじえき)は、かつて鳥取県東伯郡関金町泰久寺(現・倉吉市関金町泰久寺)にあった日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線の廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは気動車2両編成ですらはみ出してしまうほどの短いものだった。駅舎は待合室程度の質素なもので、改札はなくホームには駅舎を通ることなく上がれる構造になっていた。
 C待合室は撤去されたものの、ホーム、駅名標の枠、レールが当時のままに放置されている。当駅と隣の山守駅は、字の部分が透けたアクリル板でできている全国的に珍しい駅名標が存在した。(現在も関金町資料館で保存、展示されている。)2014年現在レプリカの駅名票が設置されている。
D倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。
E倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。竹林の中の廃線跡がいいですね。
F倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。コンクリートの橋梁が残る。
 G倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。守山トンネル。泰久寺 - 山守間にある、全長およそ107m、高さおよそ10mの単線の鉄道トンネルである。1985年(昭和60年)の倉吉線の廃線に伴い役目を終えた。現在は、長い年月と伴に老朽化が進み崩落の危険性があるため、両端の坑口は蓋がされて鍵がかかっており、関係者以外は人が立入ることはできない。
H倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。小鴨川を渡る橋梁の橋台が残る。
I倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。
J倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。
K倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。
L倉吉線の泰久寺駅 - 山守駅間の廃線跡。
 M山守駅(やまもりえき)は、鳥取県東伯郡関金町堀(現・倉吉市関金町堀)に存在していた国鉄倉吉線の駅(廃駅)。倉吉線の終点で、同線の廃線に伴い、1985年(昭和60年)3月31日限りで廃止された。
 M山守駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは気動車2両編成ですらはみ出してしまうほどの短いものだった。隣駅の泰久寺駅と同様に折り返し構造を持たないため、当駅へは気動車のみが乗り入れていた。駅舎は待合室程度の質素なもので、改札はなくホームには駅舎を通ることなく上がれる構造になっていた。開業当初は南勝線として当駅よりさらに延伸する計画だったため、線路は駅構内からしばらく進んだところまで続いていた。
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廃線探索 倉吉線