更新日時 2021年05月05日

廃線探索 大社線
 大社線は、かつて島根県出雲市の出雲市駅から同県簸川郡大社町(現在は出雲市)の大社駅までを結んでいた西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)である。出雲大社への参詣路線として京都・大阪方面などからの直通列車も運行されていたが、国鉄分割民営化前の1985年(昭和60年)からは線内折り返しの普通列車のみ運行されていた。国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道に承継されたが、1987年(昭和62年)に特定地方交通線第3次廃止対象線区として承認され、1990年(平成2年)4月1日に廃止された。廃線前の輸送密度は2,661人/日で、路線バスに転換された特定地方交通線の中ではもっとも高かった。廃止後は一畑電気鉄道による代替バスに転換され、現在は一畑バスに引き継がれている。また、和風木造の大社駅舎は、国の重要文化財・島根県有形文化財に指定され現在も保存されている。出雲高松駅、荒茅駅ともにプラットホームが残されている。
大社線
出雲市駅 - 出雲高松駅 - 荒茅駅 - 大社駅
 @出雲市駅は島根県出雲市駅北町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線の駅である。
 @出雲市駅構造は島式ホーム2面4線を有する高架駅で、駅舎北口のエントランスは出雲大社をイメージしている。みどりの窓口及びみどりの券売機プラス並びにみどりの券売機が設置されている。みどりの窓口は2020年3月14日より、臨時窓口としての設置となっている。
A大社線の出雲市駅 - 出雲高松駅間の廃線跡。
B大社線の出雲市駅 - 出雲高松駅間の廃線跡。ここから廃線跡はサイクリングロードになっている。
C大社線の出雲市駅 - 出雲高松駅間の廃線跡。廃線跡はサイクリングロードになっている。
D大社線の出雲市駅 - 出雲高松駅間の廃線跡。廃線跡はサイクリングロードになっている。
E大社線の出雲市駅 - 出雲高松駅間の廃線跡。廃線跡はサイクリングロードになっている。
 F出雲高松駅は、島根県出雲市にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)大社線の駅(廃駅)である。大社線廃止に伴い1990年4月1日に廃止された。
 F出雲高松駅構造は地上駅。開業当時は島式ホーム1面2線をもつ交換可能駅であったが、廃止時は駅舎よりの線路が撤去され、単式ホーム1面1線のみ残されていた。廃止時は無人駅で、駅舎は倉庫代わりに使われていた。 現在はホームとその上の電柱が残るが、県道の拡幅によりホームの西側が少し削られている。
F高松駅前橋の欄干には当時の列車の写真が掲示されている。
G大社線の出雲高松駅 - 荒茅駅間の廃線跡。
G大社線の出雲高松駅 - 荒茅駅間の廃線跡。制御機器BOXと旧国鉄の境界杭が残る。
H大社線の出雲高松駅 - 荒茅駅間の廃線跡。
 I荒茅駅は、島根県出雲市荒茅町にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)大社線の駅(廃駅)である。大社線廃止に伴い1990年4月1日に廃止となった。駅構造は開業当初から単式ホーム1面1線をもつ地上駅で無人駅であった。駅舎はなく駅設備はホームとその上の待合所のみであった。
I大社線の荒茅駅 - 大社駅間の廃線跡。自衛隊前踏切の制御BOXが残る。
J大社線の荒茅駅 - 大社駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
K大社線の荒茅駅 - 大社駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
L大社線の荒茅駅 - 大社駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
M大社線の荒茅駅 - 大社駅間の廃線跡。
 N大社駅は島根県簸川郡大社町(現・出雲市)にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)大社線の駅(廃駅)である。大社線の廃線に伴い1990年(平成2年)4月1日に廃止となった。廃止後も純和風建築の駅舎が残されており、観光名所の一つとなっている。
 N大社駅構造は廃止当時、島式・相対式ホーム2面3線を持つ地上駅であった。なお、これら3線はホームの末端で1線に収束した後、その先に車止めが設置されていたが、その引上げ線はかなり距離が長く、道路と交差する部分もあり、踏切も設置されていた。出雲大社の膝元であることから、1951年 - 1961年までの間は東京直通の急行列車「出雲」が運行されていた。その後も1980年代まで「大社」や「だいせん」といった急行列車や、参詣者の団体臨時列車などが乗り入れてきていたため、ホームは非常に長い。現在残っている駅舎は1924年(大正13年)2月28日に竣工した2代目で、木造平屋441平方メートル、出雲大社を模したつくりである。団体専用の改札口などもあったが、廃止後もホームや駅の掲示などもすべて当時のまま残されている。以前この駅舎は、中央本線高尾駅の北口駅舎を設計した曽田甚蔵が設計したもので、伊東忠太がお墨付きを与えたと言われていた。しかし、大社線廃止後、駅舎の屋根裏調査で上棟式の棟板が発見され、設計者は当時神戸鉄道管理局の技手だった丹羽三雄であったことが判明した。なお、駅舎は2004年に国の重要文化財に指定された。また、当駅とは対照的なモダンな西洋建築である一畑電車出雲大社前駅とともに、近代化産業遺産にも認定されている。
N大社駅改札跡。 N大社駅の階段に兎が描かれたの蓋がある。
 ND51形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が設計、製造した、単式2気筒で過熱式のテンダー式蒸気機関車である。主に貨物輸送のために用いられ、太平洋戦争中に大量生産されたこともあって、国鉄における所属総数は1,115両に達しており、ディーゼル機関車や電気機関車などを含めた日本の機関車1形式の両数でも最大を記録した。この記録は現在も更新されていない。
N昭和17年9月7日製造、日本汽車製造株式会社製。
O引上げ線はかなり距離が長く道路と交差する部分もあり踏切も設置されていた。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『出雲市』を掲載」