更新日時 2016年03月20日

 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線:ふるさと銀河線(ふるさとぎんがせん)は、北海道中川郡池田町(十勝支庁)の池田駅から北見市(網走支庁)の北見駅に至る北海道ちほく高原鉄道が運営していた鉄道路線。旧国鉄特定地方交通線(池北線・ちほくせん)を引き継いだ路線であるが、2006年4月21日に廃止された。路線名の「銀河」は、宮沢賢治の著作『銀河鉄道の夜』にちなむ。
 旧陸別駅周辺は、「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として約1キロにわたって整備されている。2008年4月20日より営業開始され、ふるさと銀河線で使用されていた気動車の乗車体験や運転体験をすることができる。営業期間は4月下旬 - 10月下旬の第2・4土曜・日曜で、冬期は休業する。
北海道ちほく高原鉄道:ふるさと銀河線 駅一覧
池田駅 - 様舞駅 - 高島駅 - 大森駅 - 勇足駅 - 南本別駅 - 岡女堂駅 - 本別駅 - 仙美里駅 - 足寄駅 - 愛冠駅 - 西一線駅 - 塩幌駅 - 上利別駅 - 笹森駅 - 大誉地駅 - 薫別駅 - 陸別駅 - 分線駅 - 川上駅 - 小利別駅 - 置戸駅 - 豊住駅 - 境野駅 - 西訓子府駅 - 西富駅 - 訓子府駅 - 穂波駅 - 日ノ出駅 - 広郷駅 - 上常呂駅 - 北光社駅 - 北見駅
 @北見駅(きたみえき)は、北海道北見市大通西1丁目にある、北海道旅客鉄道(JR北海道)・日本貨物鉄道(JR貨物)石北本線の駅である。JR北海道の駅番号はA60。特急「オホーツク」が停車、特別快速「きたみ」の発着駅である。2006年(平成18年)4月20日までは北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の分岐駅だった。
 @単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを有する地上駅。その他側線2線もある。駅の遠軽方の線路は地下トンネル、網走方は高架線となっている。駅舎内にはみどりの窓口(営業時間は6時30分から22時20分まで)、旅行センター(ツインクルプラザ)北見支店(営業時間は9時30分から17時30分まで)、自動券売機、待合所、キヨスク、ゆうちょ銀行ATMなどがある。有人の改札口が1箇所ある。以前は駅蕎麦もあったが、2007年8月に閉店した。ふるさと銀河線の列車は、主に2番・旧4番のりばの遠軽寄りに設置された切欠きホームの旧3番のりばに発着していた。廃止後は取り壊され、旧4番のりばが現3番のりばとなっている。
@JR北海道北見工務所に有る殉職碑。
 @三治公園に有るD50 25蒸気機関車:大正年代の我が国の産業の発展に伴い輸送力増強のために貨物用9600形(キュウロク)より強力な蒸気機関車が必要となり製作された380輌のうちの1輌である。大正13年に製作されてから昭和45年までの47年間道内で勾配線区の急行旅客列車や石炭輸送に活躍した。 川崎造船所製造。
AJR北見駅近くの廃線跡。
Aキハ2736気動車。
Aキ754形式雪かき車(広幅雪かき車)。
Aラッセル車。DD14312
Aキ229形雪かき車。 Aワフ29500。
A北海道ちほく高原鉄道の車庫脇の廃線跡。
A北海道ちほく高原鉄道の車庫跡。レールが一部残っている。
A北海道ちほく高原鉄道の車庫跡。中は無人の様だ。
Aふるさと銀河線の廃線跡。
B南大通り架道橋。設計:北海道ちほく高原鉄道株式会社。 竣工平成4年2月。
Bふるさと銀河線の廃線跡。
C無加川橋梁。 設計:旭川鉄道管理局。 竣工昭和50年10月。
Dふるさと銀河線の廃線跡。
E北光跨線橋に国鉄池北線の銘板が残っている。
E北光跨線橋よりふるさと銀河線の廃線跡を見る。
 E北光社駅(ほっこうしゃえき)は北海道北見市北上にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はホシ。駅名は高知より入植したキリスト教系移民団体の名前に因む。単式ホーム1面1線を有する地上駅。駅舎はなく簡素なホームのみが設けられていた。無人駅であった。現在は駅跡の面影は一切無い。
F上常呂駅 - 北光社駅間のふるさと銀河線の廃線跡。
 G上常呂駅(かみところえき)は、北海道北見市上常呂にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はカロ。
G上常呂駅舎はコミュニティーセンターとの合築である。
G上常呂駅は相対式ホーム2面2線をもつ地上駅。
 H広郷駅(ひろさとえき)は、北海道北見市広郷にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はヒサ。単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅であった。現在は駅の面影もない。
 I日ノ出駅(ひのでえき)は、北海道常呂郡訓子府町字日出にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はノテ。
I単式ホーム1面1線を有する地上駅。国鉄時代、日立製ビデオデッキのCMに登場したことがある。
 J穂波駅(ほなみえき)は、北海道常呂郡訓子府町字穂波にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はホミ。単式ホーム1面1線を有する地上駅。駅の施設はホームと待合所の小屋のみであった。水田地帯の中の駅。田んぼと少数の農家のみである。
 K訓子府駅(くんねっぷえき)は、北海道常呂郡訓子府町大町にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はクネ。駅名の由来:アイヌ語の「クンネプ」(黒いもの)より。
 K訓子府駅は相対式ホーム2面2線の地上駅。 1番のりば…上り置戸・池田方面 2番のりば…上常呂・北見方面
 社員配置駅(駅長1名配置、ただし駅長不在のときは置戸駅から助勤で対応)、平日の日中のみ営業。廃止前1ヶ月程度の期間は土日祝も営業していた。改札業務はしなかった。 農業交流センターとの合築である。 代替運行する北海道北見バスの回数券・定期券発売は訓子府商工会で行うため、ふるさと銀河線の有人駅で唯一、代替バスの案内所にならなかった。
L県道50号線の下を潜る、ふるさと銀河線の廃線跡。
L西富駅近くの民家の入口に踏切の機械が展示?されていた。
 M西富駅(にしとみえき)は、北海道常呂郡訓子府町字西富にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はニト。単式ホーム1面1線を有する地上駅。畑が続く中にある駅であった。周囲には若干の民家がある。
M西訓子府駅 - 西富駅間の橋梁の橋台跡。
N西訓子府駅 - 西富駅間の常呂川支流。西富橋近くの橋梁の橋台跡。
 O西訓子府駅(にしくんねっぷえき)は、北海道常呂郡訓子府町字西富にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はニク。単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。
O境野駅 - 西訓子府駅間の橋梁。
P境野駅 - 西訓子府駅間の廃線跡。 P境野駅 - 西訓子府駅間の橋梁の橋台跡。
 Q境野駅(さかいのえき)は、北海道常呂郡置戸町字境野にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はサノ。右写真は境野駅跡地のモニュメント。
 Q境野駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては相対式ホーム2面2線を有しており列車交換が可能であった。
R豊住駅 - 境野駅間の橋梁の橋台跡。 R豊住駅 - 境野駅間の学校。結構モダン?
 S豊住駅(とよずみえき)は、北海道常呂郡置戸町字豊住にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はトヨ。
S豊住駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。
@置戸駅 - 豊住駅間のちほく銀河線の廃線跡。
 A置戸駅(おけとえき)は、北海道常呂郡置戸町字置戸にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はオケ。駅名の由来はアイヌ語の「オ・ケトゥ・ウン・ナイ」(川尻に毛皮を干す枠のある川)より。
 A置戸駅は相対式ホーム2面2線の地上駅。コミュニティーセンターと合築になっている。 社員配置駅(駅長と助役)。平日日中のみ営業。改札業務はしなかった。廃止前1ヶ月程度の期間は土日祝も営業していた。 この駅での夜間停泊は行わず、北見駅へと折り返していた(国鉄時代からふるさと銀河線初期は回送列車扱いだった)
A廃止後は観光案内所で北海道北見バスの回数券・定期券を発売するが、バスは駅前には乗り入れない。
A置戸駅の明治44年開駅の碑。 A人間ばん馬。
A置戸駅の先までレールが残っている。
B小利別駅 - 置戸駅間のちほく銀河線の廃線跡。
B小利別駅 - 置戸駅間の第一常呂川橋梁。
B小利別駅 - 置戸駅間の第一常呂川橋梁。
C小利別駅 - 置戸駅間のちほく銀河線の廃線跡。
D小利別駅 - 置戸駅間のちほく銀河線の廃線跡。
 E小利別駅(しょうとしべつえき)は、北海道足寄郡陸別町字小利別本通にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はトヘ。
 E小利別駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅で、駅舎はコミュニティーセンターと合築になっていた。 国鉄末期まで2面2線の構造を有し、列車交換可能駅であった。 陸別〜置戸間で唯一、全列車が停車する駅でもあった。
E日産自動車陸別試験場が有り、モニュメントも日産自動車が寄付?
E川上駅 - 小利別駅間のちほく銀河線の廃線跡。
F川上駅 - 小利別駅間のガーター橋。
F川上駅 - 小利別駅間のガーター橋。この橋は梁の上を渡りました。
G深雪跨線橋(みゆきこせんはし)より見たちほく銀河線の廃線跡。
G川上駅 - 小利別駅間のガーター橋。 H川上駅(かわかみえき)
 H川上駅(かわかみえき)は、北海道足寄郡陸別町字川上にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はハミ。周囲に民家は全くない。数十メートル先に鉄道官舎が一軒あるのみである。
 H川上駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。大正9年に作られた木造駅舎がほぼ当時の姿のままで残る。
I分線駅 - 川上駅間のガーター橋。
J分線駅 - 川上駅間のガーター橋。
J85キロポストと3‰の勾配標。 J分線駅 - 川上駅間の廃線跡。
K分線駅 - 川上駅間のガーター橋。
L分線跨線橋より見たちほく銀河線の廃線跡。
 M分線駅(ぶんせんえき)は、北海道足寄郡陸別町分線にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。
M分線駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。
N陸別跨線橋から見たちほく銀河線の廃線跡。
 O陸別駅(りくべつえき)は北海道足寄郡陸別町陸別原野69番地1号にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はリク。駅名の由来はアイヌ語の「リク・ウン・ペツ」(高いところにある川)より。
 O廃止時は相対式ホーム2面2線を持つ地上駅であった。ホーム間は跨線橋で結ばれていて、銀河線の駅の中で唯一列車の停泊が行われる駅でもあった。 1番線…ふるさと銀河線上り足寄・本別・池田方面 2番線…ふるさと銀河線下り置戸・訓子府・北見方面
 O廃止まで社員配置駅で、末期には嘱託の駅員が1名配置されていた。末期には窓口は平日9時00分から17時25分まで営業していたが、廃止前1ヶ月程度の期間は土日祝も営業していた。駅員が嘱託であったため足寄駅長が陸別駅長を兼務していた。嘱託の駅員が休みの時は、足寄もしくは置戸からの助勤で対応していた。 他の有人駅と異なり、指定券を発行できず、池田駅からの取り寄せ販売であった。Rきっぷを販売していたが指定券を同時発券できなかった。 池北線時代、急行「池北」の停車駅であった。
 O旧駅構内は、2008年4月から陸別町商工会の主導で「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として気動車の運転体験、乗車体験等ができるようになっている。期間は4月下旬〜10月下旬の第二・四土日。 気動車の乗車体験。
 P薫別駅(くんべつえき)は、北海道足寄郡陸別町字上利別原野にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。周囲は国営開拓パイロット事業が実施されたが、離農者が相次いだため利用者は極めて少なく、年間の利用者が5名前後という時期もあったようである。そのため2000年には廃止対象とされた。しかし、地元自治体の反対により存続し、2006年の廃線まで存続した。
P薫別駅舎内に有った当時の写真。 P当時の写真と同じアングル。
 P薫別駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。駅名の由来はアイヌ語の「クンネ・ペツ」(黒い川)。あるいは「クー・ウン・ペツ」(弓がある川)より。
Q黒川橋近くのガーター橋。
 R大誉地駅(およちえき)は、北海道足寄郡足寄町大誉地にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はオヨ。駅名の由来はアイヌ語の「オヨチ(熊の害の多い所)」だと言われているが、現実には「オ・イ・オチ(川の近くに蛇の多いところ)」が有力。
 R大誉地駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。もとは島式ホーム1面2線を有する構造であったが1線が撤去され、この構造で廃駅を迎えた。
 S笹森駅(ささもりえき)は、北海道足寄郡足寄町大誉地にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。元は仮乗降場で、簡素なホームの駅であった。なお、仮乗降場時代は北海道版の時刻表にも記載がなく、ほとんど知られていない存在であった。
 S笹森駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。 ホーム土台の半分には再利用した橋桁を使っていた。保守用車両の留置線が設置してあり、国鉄時代使われていた陸別保線区笹森分班の建物が残っていた。
@だいしとしばつ橋近くのガーター橋。
 A上利別駅(かみとしべつえき)は、北海道足寄郡足寄町上利別本町にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はカト。
 A上利別駅は相対式ホーム2面2線を有する地上駅であった。木造駅舎を持ち、これに足寄高等学校の生徒による絵が書かれていた。
 A上利別駅は仙美里駅と共に、かつて陸軍軍馬補充部十勝支部(バロン西が一時期勤務していた)の最寄駅であった。そのため、両駅共に将官・皇族・大臣等、貴賓の送迎を考慮して大きな駅舎が建てられた。駅前が広いのは、かつての車寄せの名残である。
 B塩幌駅(しおほろえき)は、北海道足寄郡足寄町上利別にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。駅名の由来ははっきりしないが、アイヌ語の「シュツ・ポロ」(末広がる沢)や「スオプ・ポロ」(川床にえぐられた深みのある川)だという説がある。単式ホーム1面1線を有する地上駅。
C塩幌橋近くのガーター橋。
 D西一線駅(にしいっせんえき)は、北海道足寄郡足寄町上利別にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。単式ホーム1面1線を有する地上駅。待合室と便所があったが、ともに老朽化で荒廃していた。特に便所の荒廃ぶりは激しく、用を足せる状態ではなかった。
E国道に愛の泉・愛冠駅看板がある。 Eウエディング ブリッジ。
 E愛冠駅(あいかっぷえき)は、北海道足寄郡足寄町愛冠にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はカフ。駅名の由来は、アイヌ語の地名で「アイカップ・ピラ」(矢の届かぬ崖)から。駅名は「愛のカップル」に通じることから恋人に人気があり、日本国有鉄道時代は入場券が良く売れた。現在は十勝バス足寄案内所が足寄→愛冠の硬券乗車券を販売する。1009年現在も残る駅舎は「愛」の「冠」という名前にちなみ王冠型をしているほか、駅前に「愛の泉」なる水飲み場があり、駅前の橋には「ウエディング ブリッジ」という名がついている。
 E愛冠駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅であったが、無人化後に改築された駅舎には窓口がある。
F愛冠跨線橋から見るちほく銀河線の廃線跡。
 G足寄駅(あしょろえき)は北海道足寄郡足寄町北1条1丁目にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。足寄町の代表駅であった。鉄道駅としての役割は終わったが、駅舎は改築時から複合施設とされており、道の駅あしょろ銀河ホール21および十勝バス足寄案内所として廃駅の後も使われている。 十勝バス案内所は足寄駅事務室に移され、NPO法人あしょろ観光協会が乗車券発売業務を受託している。十勝バスの硬券乗車券を引き続き発売している。 足寄町の中心地であり、商店等が多くあった。駅名の由来はアイヌ語の「エショロ・ペツ」(沿って下る川)から。ふるさと銀河線乗車券・回数券・定期券のほか、JR北海道管内の普通乗車券・特急券・指定席券も取り扱っており、これらについては補充券による発行が行われていた。末期には改札業務は行われていなかった。そのほか駅舎には十勝バス案内所、売店があった(拓殖バス案内所は路線廃止により2005年9月30日で営業終了)。そのため2005年9月まで、ちほく高原鉄道、十勝バス、拓殖バス、道の駅きっぷと4種類のきっぷが買える駅だった。駅2階には、地元出身の松山千春のギャラリーが設けられている他、駅前には、ヒット曲「大空と大地の中で」が流れ、本人の筆跡で書かれた歌詞と肖像画がデザインされた歌碑が設置されている。
 G地上駅。廃止時は相対式ホーム2面2線を有した。1番のりば…ふるさと銀河線上り本別・池田方面 2番のりば…ふるさと銀河線下り陸別・北見方面、上り(池田からの折り返し列車) 廃止時まで社員配置駅(末期には駅長と助役の2名配置)であった。末期には窓口は平日の7時50分から16時15分まで営業していたが、廃止前1ヶ月程度の期間は土日祝も営業していた。
H足寄駅近くの国道241号線の跨線橋から見るちほく銀河線の廃線跡。
Iしもあしょろぶとはしから見るちほく銀河線のガーター橋。
Jせんびりはしから見るちほく銀河線のガーター橋。一部撤去が進む。
 K仙美里駅(せんびりえき)は、北海道中川郡本別町仙美里元町にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅である。電報略号はセヒ。駅名の由来は、アイヌ語の「パンケ・センビリ(下流の・陰)」から。
 K仙美里駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅。かつては、相対式ホーム2面2線を有する列車行き違い可能駅であった。コミュニティーセンターを併設しているため、駅舎は隅から出入りする。
 L本別駅(ほんべつえき)は、北海道中川郡本別町北3丁目1にあった、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はホヘ。本来の駅としての機能はなくなったが2008年2月現在、道の駅としての整備が行われている。 廃止後は代替運行となる十勝バス乗車券を売店で発売。喫茶店は閉鎖された。 2009年4月20日道の駅ステラ☆ほんべつとして営業。
 L本別駅は2面3線の単式ホームと島式ホームがある地上駅。廃止時は3番のりばを使用していなかった。 社員配置駅(土日祝休業、7時05分から15時30分まで営業、駅長1名配置、駅員不足のときは足寄駅から助勤)だった。廃止前1ヶ月程度(2006年3月18日以降、ただし3月20日を除く)の期間は土日祝も営業していた。 駅窓口でJR北海道管内の乗車券・特急券・指定券を発売していた。またJR北海道ツインクル商品の取次ぎも行っていた。 コミュニティーセンターと併設しており、銀河線本別駅内簡易郵便局なども入居している。
 M岡女堂駅(おかめどうえき)は、北海道中川郡本別町に存在した北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅である。隣接する「岡女堂」(本社が神戸市にある甘納豆の老舗)本別工場のために岡女堂が約3000万円(車内アナウンスより)を負担して新設されたもので、それを記念して同社の社名をそのまま駅名としており、駅名標にも同社のロゴが使われていた。後に、岡女堂本別工場は「とかち岡女堂」として別会社(子会社)となったが、路線廃止直前に経営破綻した(なお、岡女堂本体も2006年11月末に経営破綻し、同年12月12日に破産手続きが開始されている)。2006年4月、阿寒を中心に観光業を展開する鶴雅グループ(株式会社阿寒グランドホテル)が全額出資して設立した子会社「十勝豆本家」(北海道本別町共栄)が、とかち岡女堂の土地、建物、機械設備などを買収した際、当駅舎も十勝豆本家の所有となった。
 M岡女堂駅は単線に単式ホームがある地上駅。無人駅だった。駅舎に入るには岡女堂の工場の敷地を通り抜けねばならないが、開放的な雰囲気で通りにくさを感じることはなかったという。出入口から駅までは屋根つきの通路が設置されており、列車の到着時にはホームのスピーカーから岡女堂社長の作曲した音楽が流れていた。(笑)
 N南本別駅(みなみほんべつえき)は、北海道中川郡本別町勇足にあった北海道ちほく高原鉄道の駅(廃駅)である。
N南本別駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅であった。
 O勇足駅(ゆうたりえき)は、北海道中川郡本別町勇足にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。電報略号はユタ。駅名の由来はアイヌ語で「頭が浜の方に出ている河原」を意味する「エ・サン・ピタラ」。これに無理な当て字をした「勇足」の読み方を変え「ゆうたり」になった。
 O勇足駅は単式ホーム1面1線を有する地上駅で無人駅である。もとは相対式ホーム2面2線を有する列車行き違い可能駅であった。駅舎はコミュニティーセンターとの合築である。
 P大森駅(おおもりえき)は、北海道中川郡池田町大森にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅である。設置当初は仮乗降場であったが、なぜか道内版の時刻表にすら記載されず、地元以外ではほとんど知られない存在であった。単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅。元は仮乗降場のため、簡素なホームであった。
 Q高島駅(たかしまえき)は、北海道中川郡池田町高島にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅である。電報略号はタカ。
 Q高島駅は2面2線の相対式ホームと駅舎を持つ地上駅。2つのホームは向かい合っておらず、ずれた位置にある。廃止時は無人駅であった。
 R様舞駅(さままいえき)は、北海道中川郡池田町字様舞に存在した北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅(廃駅)である。乗客はきわめて少なく、年間の平均乗降客数がわずか5人程度だったとされる。このため2000年には廃止対象とされたが、最終的には撤回されて2006年の廃線まで存続した。単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅であった。駅名の由来はアイヌ語の「シャモ・オマ・イ」(和人がいるところ)より。
S池田駅 - 様舞駅間のふるさと銀河線の廃線跡。
@池田駅 - 様舞駅間のふるさと銀河線の廃線跡。
AJR根室本線と池田駅 - 様舞駅間のふるさと銀河線の廃線跡。
B池田駅 - 様舞駅間のふるさと銀河線の廃線跡。JR根室本線と平行している。
 C池田駅(いけだえき)は、北海道中川郡池田町字東一条にある北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線の駅。駅番号はK36。電報略号はイケ。特急「スーパーおおぞら」を含め、全ての列車が停車する。駅名の由来は北海道旅客鉄道釧路支社によると池田農場があった事によるもの。
 C池田駅は地上駅。2面3線の単式(1番線)・島式ホーム(2・3番線)。上り本線(帯広・滝川・札幌方面)が1番線、下り本線(浦幌・釧路方面)が2番線となっているが、3線とも上下列車が使用可能となっている。そのため、特急列車は札幌行・釧路行ともに、改札口すぐの1番線を使用し、普通列車も方向を問わず全ての線路を使用する。社員配置駅。みどりの窓口(営業時間は7時00分から20時20分まで)・キヨスクがある。 ふるさと銀河線の廃止まで、ちほく高原鉄道は運行拠点として池田運転支所を設置していたが、営業職員は配置されていなかった。
 C池田駅は3番線の滝川方が途中から切り欠かれているが、これは2006年4月に廃止された、ふるさと銀河線用の4番線の跡である(ふるさと銀河線は3番線も使用していた)。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
廃線探索 ふるさと銀河線