更新日時 2016年01月01日

廃線探索 白糠線
 白糠線(しらぬかせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。北海道白糠郡白糠町で根室本線から分岐し、同町内の北進駅(二股)までを結んでいたが、1980年の国鉄再建法施行を受け、特定地方交通線廃止の第1号として、1983年に廃止された。沿線の石炭及び森林資源の開発を目的に計画された路線で、本来は、改正鉄道敷設法別表第147号の2に規定する予定線として池北線の足寄駅に結ばれ、さらに足寄から新得までの北十勝線(未成線)とあわせて根室本線のバイパスを形成するはずであった。1964年に上茶路までが開業し、釧路二股までの工事も日本鉄道建設公団の手により1970年には完成していたものの、折しも「赤字83線」のローカル線廃止取組みの最中であり、開業すれば赤字必至のローカル線の引き受けを国鉄が拒否したため、釧路二股までの開業はこの取組みが頓挫した1972年に当時の運輸大臣であった佐々木秀世の命令という異例の形で行われた。その際、終点の釧路二股はさらなる延長への期待を込めて「北進」と変更されている。しかし、沿線の炭鉱(雄別鉄道上茶路坑)は1970年には全て閉山し、人口が激減。手を組むはずであった北十勝線も頓挫し、白糠線は新線延長はおろか既開業線の存続すら危うい状況に陥った。結局、北進延長を果たした1972年に、以北への延長工事の中止が決定した。1980年に国鉄再建法が成立すると、白糠線は第1次特定地方交通線に指定された。この時白糠線は営業係数3,077(100円稼ぐのに3,077円かかる)という国鉄一の赤字路線であった。白糠線は石炭輸送という当初の目的がなくなっていたこと、全線が白糠町内であり、複数の自治体を走る他線に比べ、地元自治体からの了承取り付けは容易であったこと、ほぼ並行して国道が通っていたことなど廃止の条件が整っていたため、特定地方交通線の先陣を切って1983年に廃止された。開業から19年、上茶路 - 北進間が延伸開業してわずか11年後であった。
白糠線(廃線)
白糠駅 - 上白糠駅 - 共栄(仮駅) - 茶路駅 - 縫別駅 - 上茶路駅 - 下北進駅 - 北進駅
 @白糠駅(しらぬかえき)は、北海道白糠郡白糠町東一条南1丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線の駅である。駅番号はK47。電報略号はヌカ。白糠町の代表駅で、普通列車のほかに特急「スーパーおおぞら」の1・6号以外が停車する。かつてはこの駅から北へ白糠線が分岐していた。駅名は、アイヌ語の「シラル・カ(平磯の岸)」に由来する。
@白糠駅構造は島式・単式ホーム2面3線をもつ地上駅。白糠線は3番のりばに発着していた。
@3番のりばから釧路方面行きの根室本線の各駅停車が出発する。
@白糠駅の白糠線の3番のりばはまだ残っている。
A白糠跨線橋より撮影。
B白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。
B白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。橋梁が残る。
C白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。
C白糠線の廃線跡。西茶路さくら公園。白糠駅 - 上白糠駅間。
D白糠線の廃線跡。国道392号線(白糠国道)をクロスする。
E白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。
F白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。
G白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。
G白糠線の廃線跡。茶路川支流のカリショ川を渡る橋梁。
H白糠線の廃線跡。白糠駅 - 上白糠駅間。
  H上白糠駅(かみしらぬかえき)は、かつて北海道白糠郡白糠町茶路基線にあった日本国有鉄道(国鉄)白糠線の駅である。同線の廃線により廃駅となった。駅の構造は単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。駅前広場が残っていて外灯も残っている。
I白糠線の廃線跡は牛の運動場(通路)になっている。路盤沿いに電線が張られている。
J白糠線の廃線跡は牛の運動場(通路)になっている。茶路神社前。上白糠駅 - 共栄(仮駅)間。
J茶路神社。上白糠駅 - 共栄(仮駅)間。
K白糠線の廃線跡。上白糠駅 - 共栄(仮駅)間。
L信光寺。北海道白糠郡白糠町茶路東1線84
M白糠線の廃線跡。上白糠駅 - 共栄(仮駅)間。
M白糠線の廃線跡。上白糠駅 - 共栄(仮駅)間。
N共栄仮乗降場周辺。
 N共栄仮乗降場(きょうえいかりじょうこうじょう)は、かつて北海道白糠郡白糠町にあった日本国有鉄道(国鉄)白糠線の仮乗降場である。同線の廃線により廃止された。仮乗降場については全国版の時刻表に掲載されず、道内のみの時刻表には掲載されるのが普通であったが、この共栄仮乗降場の場合は士幌線の新士幌仮乗降場、根室本線の稲士別仮乗降場(現在は稲士別駅と駅に昇格)などと共に、道内時刻表にさえ掲載されておらず、「幻の乗降場」とも呼ばれた。共栄仮乗降場構造は単式ホーム一本があるのみであった。駅名標は「共栄仮乗降場」となっており、隣駅名が記されていなかった。(茶路橋近く)
O白糠線の廃線跡。共栄(仮駅) - 茶路駅間。蓮花沢橋梁。昭和33年12月15日竣工。
P白糠線の廃線跡。共栄(仮駅) - 茶路駅間。マカヨ川に架かる松川橋梁。昭和33年12月15日竣工。
 Q茶路駅(ちゃろえき)は、かつて北海道白糠郡白糠町茶路基線にあった日本国有鉄道(国鉄)白糠線の駅である。同線の廃線により廃駅となった。駅の構造は単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。
R白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。再び国道392号線(白糠国道)をクロスする。
S白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。協和橋周辺。
@白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。
A白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。
B白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。茶路川を渡る白糠線の第1茶路川橋梁。
B白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。茶路川を渡る白糠線の第1茶路川橋梁。
C白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。
D白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。茶路川を渡る白糠線の第2茶路川橋梁。
E白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。
E白糠線の廃線跡。茶路駅 - 縫別駅間。再び国道392号線(白糠国道)をクロスする。
F白糠線の鍛高トンネル茶路駅側。
F待避口は3カ所あり、トンネル内の路盤もしっかりしている。
F白糠線の鍛高トンネル縫別駅側。
F鍛高トンネルの縫別駅側は国道からは少し奥まった所に有る。
G白糠線の茶路駅 - 縫別駅間の廃線跡。
H国道橋梁清水橋から見る白糠線第3茶路川橋梁。 I国道橋梁共栄橋から見る白糠線第4茶路川橋梁。
J白糠線の茶路駅 - 縫別駅間の廃線跡。縫別小中学校跡近く。
K白糠線の茶路駅 - 縫別駅間の廃線跡。国道の縫別橋横の白糠線の縫別川橋梁。
 L縫別駅(ぬいべつえき)は、かつて北海道白糠郡白糠町茶路基線にあった日本国有鉄道(国鉄)白糠線の駅である。同線の廃線により廃駅となった。駅の構造は単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。アイヌ語の「ニウン・ペツ(木のある川)」に由来する。
M白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第5茶路川橋梁。
M白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第5茶路川橋梁。
N白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第6茶路川橋梁。
O縫別トンネル。L=510m 縫別駅側。
O縫別トンネル内。LEDの懐中電灯を持ってきたが、電池切れでデジカメの明かりを頼りに進む。
O縫別トンネル。L=510m 上茶路駅側。
O縫別トンネルを出たところ。上茶路駅側。 O車に戻るとアブが・・・この後アブに悩まされる。
P白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第7茶路川橋梁。昭和34年11月25日竣工。
P白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第7茶路川橋梁。施工:大成建設株式会社。
Q白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第9茶路川橋梁。国道千代橋近く。
R白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。国道を横断する第10茶路川橋梁。
S白糠線の縫別駅 - 上茶路駅間の廃線跡。白糠線の第10茶路川橋梁。国道の松五郎橋より見る。
@上茶路集会所脇に道道665号線の入る道が有るがこの先が上茶路駅跡。
@上茶路駅(かみちゃろえき)は、北海道白糠郡白糠町上茶路にあった日本国有鉄道白糠線の駅である。
 @白糠線廃止と同時に、1983年10月23日に廃駅となった。島式ホーム片面使用の1線のほか、貨物用の側線を有する地上駅であった。
 @上茶路駅は、沿線の石炭及び森林資源の開発を目的に計画された白糠線の終着駅として、白糠線が部分開通した1964年に開業した。白糠線は、根室本線白糠より釧路二股をへて、池北線足寄駅にいたるルートで計画された鉄道であり、上茶路までの部分開通後は、1972年に茶路川上流の北進駅(釧路二股)まで延長されている。
 @1970年に雄別炭鉱上茶路鉱が閉山し、上茶路地区の人口が激減した。そのため白糠線は特定地方交通線に指定され、1983年、そのトップを切って廃止され、上茶路駅も白糠線廃止と同時に廃駅となった。
@上茶路駅跡。
A白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。白糠線の第11茶路川橋梁。
B白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。
C白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。白糠線の第13茶路川橋梁。
C白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。白糠線の第13茶路川橋梁。
C白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。築堤を潜る隧道跡が残る。
D白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。国道の明橋より見る白糠線の第14茶路川橋梁。
E白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。
F白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。白糠線の第18茶路川橋梁。
G白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。築堤が残る。
H白糠線の上茶路駅 - 下北進駅間の廃線跡。国道の美恵橋近くの白糠線の第19茶路川橋梁。
 I下北進駅(しもほくしんえき)は、かつて北海道白糠郡白糠町上茶路にあった日本国有鉄道(国鉄)白糠線の駅(廃駅)である。同線の廃止により廃駅となった。下北進駅構造は1面1線の単式ホームを持つ地上駅(無人駅)であった。
J白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。白糠線の国道を跨ぐ橋梁。
K白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。白糠線の第20茶路川橋梁。
L白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。白糠線の第21茶路川橋梁。
M白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。白糠線の第22茶路川橋梁。
N白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。白糠線の第23茶路川橋梁。
N白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。白糠線の第23茶路川橋梁から見た風景。
O白糠線の下北進駅 - 北進駅間の廃線跡。
 P北進駅(ほくしんえき)は、かつて北海道白糠郡白糠町上茶路にあった日本国有鉄道(国鉄)白糠線の終着駅(廃駅)である。1964年に白糠駅〜上茶路駅間で営業を開始し、1970年にここまでの工事が完成していた白糠線であったが、既に炭鉱の閉山もあって利用客は見込めず、国鉄は開業を渋っていた。そんな中、時の運輸大臣がゴリ押しをする形で、1972年にようやく開業にこぎつけたものである。仮駅名は釧路二股であったが、開業時に北進と改められた。一般的な説ではここから先、池北線足寄駅までの延伸に期待して、との命名であったとされているが、付近の学校が北進小中学校を白糠線開業前から名乗っているなど、字名であった可能性も指摘されている。駅は単式ホーム1本が設けられていただけで駅舎もなかったが、線路を延伸できる用地もあり、明らかに工事中の路線の暫定的終点の様相であった。周辺の人口もわずかで、列車本数も1日3往復であったため、若干学生の利用があるだけだったといわれている。結局、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)が1980年に施行され、それに基づき特定地方交通線として白糠線が地方閑散路線廃止の最初の事例になったこともあり、1983年に廃止された。営業期間はわずか11年であった。

『ウィキペディア(Wikipedia)』より(北進駅)
Q白糠町立北進小中学校校庭跡。
Q白糠町立北進小中学校記念碑。
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