更新日時 2013年11月27日

 根室本線旧線(新得駅−落合駅間)根室本線・落合 - 新内 - 新得間には狩勝峠があり、急勾配・急カーブが多く、狩勝トンネル内での蒸気機関車の煤煙など輸送の障害となっていた。これらを解消するため新狩勝トンネルを含む新線が建設され、同区間は1966年(昭和41年)9月30日に切り替えられた。1966年10月1日廃止区間落合駅 - 狩勝信号場 - 新内駅 - 新得駅 (27.9km) 日本新八景や鉄道省が選定した日本三大車窓の一つでもある狩勝峠を含んでいた。峠は最大勾配25‰、最小半径180mのカーブが連続する難所で、峠のすぐ落合側の狩勝信号場はスイッチバックとなっていた。峠付近のS字大カーブ築堤や橋梁、隧道などの鉄道施設群は2003年に土木学会選奨土木遺産に選定されている。廃止後の新内 - 新得間は、1967年 - 1979年の間鉄道事故の原因究明、及びその対策に関する実験を行う、通称・狩勝実験線として使われていた。新内駅を含む旧線は営業廃止されたが、新内付近 - 新得間については実験線として再利用されることとなり、その整備がされた。まずは当時頻発した脱線事故の原因究明や研究のため、無人の実験列車を走らせて実際に車両を脱線させる実験が行われた。 新得側から機関車の牽引で入線した実験列車は新内側まで進み、下り勾配を利用して突放される。様々なパターンで組成された実験列車の先頭には制御車としてマヤ40形が連結され、無線でブレーキ操作や連結器解放、映像やデータの測定と送信を行った。当実験線は1979年(昭和54年)に廃止され線路も撤去された。現在は新得駅付近から新内駅付近までの多くの区間が遊歩道として整備され、旧線時代の橋台など歴史的価値が高いものも残っている。 実験で使用した無線鉄塔もそのままとなっている。
 @新得駅(しんとくえき)は、北海道上川郡新得町本通北1丁目53にある北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅である。駅番号はK23。電報略号はトク。根室本線を所属線としており、石勝線を加えた2路線が乗り入れる。石勝線は当駅が線路名称上の終点であるが、実際に根室本線と合流するのは上落合信号場である。そのため、上落合信号場 - 当駅間は両路線の重複区間であるが、この区間の途中には駅が存在しないため、当駅が旅客扱い上の合流・分岐駅として機能している。
 @新得駅構造は2面3線のホームがある。下り本線が駅舎側の1番のりば、上り本線が2番のりばとなっているが、上下列車とも全ての線路を使用可能となっている。この他、留置用の側線が数本あり、普通列車用の車輌が停泊している。特急列車は「スーパーおおぞら」・「スーパーとかち」が全便停車する。交換時を除き1番のりばに停車する。社員配置駅。みどりの窓口(営業時間は5時20分から21時30分まで)・キヨスク設置。また夏季のみ駅レンタカーも営業する(事前予約貸出のみ)。駅舎内に立ち食いそば店と新得町商工会が入居する。
@キハ40 777(トリプルセブン) @新得駅前のモニュメント。
Aここから石勝ポッポの道。遊歩道として整備されている。
ASL広場に設置されているD5195号。
B根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。ガーター橋が残る。
C根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
D根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
E根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。137qポストが残る。
F根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
F根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
G根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。138qポストが残る。
H根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
I根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
J根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
K根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
 L根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。無線鉄塔:昭和41年(1966年)新狩る勝線の完成により根室本線落合・新得間は開通以来60年の足跡を残し廃線となりました。翌昭和42年(1967年)、国鉄は旧根室本線新内・新得間11qを、当時多発していた貨車の脱線事故の研究のため脱線実験線に転用することを決めました。昭和42年(1967年)から昭和54年(1979年)までの間に、競合脱線解明実験、列車火災実験、ボギー貨車脱線試験等数多くの実験が行われ、廃線となった旧根室本線新内・新得間は有効に活用されました。この時無線操縦をするために作られた無線鉄塔が残っています。実験に使用した無線により、近隣の農家のテレビ放送に障害が出てしまった。しかし農家は実験に非常に協力的で、「昼の1時間と、夕方5時以降だけテレビを見られればよい」といって、それ以外の時間帯にはそのまま実験をすることを許可してもらった。この実験に関わっていた京谷好泰はこの体験から、後にリニア実験線を建設するにあたり、できるだけ田舎に建設することを希望し、宮崎県に建設されるきっかけになったという。
M根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
N根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。
O根室本線旧線の新得駅−新内駅間の廃線跡。小笹川橋梁が残る。
 P新内駅(にいないえき)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)根室本線に存在した駅(廃駅)である。1966年(昭和41年)9月30日に落合から新狩勝トンネルを経て新得に至る新線が開業したのに伴う、本駅の所在する旧線の廃止により、翌日の10月1日に廃駅となった。落合駅から狩勝信号場を経てこの新内までの線路は、狩勝峠をこえていたため景色がよく日本三大車窓の一とされた。戦前から佐幌岳のスキー客などにも利用されていた。おもな取り扱い貨物は花崗岩、木材であった。駅前には小規模な市街地があったが、新狩勝線の開通とともに消滅した。2008年(平成20年)より、駅構内の2番線と3番線跡に作業用の軌道自転車を利用したトロッコ鉄道が設置された。
 P59672号機:この機関車は大正11年(1922年)5月30日川崎造船所兵庫工場で製作された後、昭和3年(1928年)2月26日池田機関区に配置換えとなり、根室本線・釧路本線の貨物及び入替機として活躍しました。昭和41年(1966年)5月1日池田機関区帯広出張所(当時)に配置換えとなり、広尾線・士幌線で使用され昭和50年(1975年)に廃車となったものです。走行q:2583万7498q(地球を67周したことになります)
 P1978年(昭和53年)から、当駅跡に59672号蒸気機関車と20系寝台車を設置してSLホテルが運営されていたが、ホテルの閉鎖後は放置されていた。傷みが激しいため寝台車の撤去が検討されていたが、NPO法人「旧狩勝線を楽しむ会」が中心となり存続運動を展開し、維持活動を条件に保存が決まった。2006年(平成18年)7月8日よりインフォメーションセンターとして使用されていたナハネ20 132が、2010年(平成22年)9月7日より「旧狩勝線資料館」としてリニューアルオープンした。2012年(平成24年)現在、稀に宿泊することも出来る。また当駅前後の廃線跡は、フットパスとして一部整備されている。
Q根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
R根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
S根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。126q1/2キロポスト。これは新設のキロポストか?
@根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
A根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。林道との分岐部。
B根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。126qキロポスト。
C根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
D根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。林道との分岐部。
E根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
F根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
G根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
H根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
I根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
J根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
K根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
K25‰の勾配標。 K123q1/2キロポスト。
L根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
M根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
N根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
 O新内隧道:官設鉄道十勝線(旧狩勝線)は、北海道開拓と軍事上の必要性から、明治34年4月、落合−新得間27.9qが着工された。2ヶ所の隧道掘削工事を含め、その鉄道建設工事では、枕木の数ほど犠牲者が出たと伝えられている。総工費は、狩勝隧道(954m)が、34万4000円、新内隧道(124m)は4万2300円を要し、トンネルの掘削工事は、固い岩盤と湧水のために困難を極め、ついには人柱まで建てて工事の進捗を図ったとも語り継がれている。明治38年1月隧道は完成し、明治40年9月8日来、十勝線は釧路本線、根室本線と名称を変えながらも、道央と道東を結ぶ幹線としての地位を歩んだのである。しかし、冬期間隧道内の漏水は氷結するなど内壁の老朽化も激しく、しかも、25‰という急勾配が連続する同線は、経済の発展とともに、旅客・貨物輸送の効率化のため、昭和41年10月1日開通の新狩勝線にその役目を譲ることになり、60年の歴史を閉じたのである。
O新内隧道の新内駅側。土砂で埋められて閉塞している。
P新内隧道の落合駅側。
P新内隧道の落合駅側。
Q根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
R根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
R121qポスト。 R通称ハエタタキと言うらしい。
S根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
@根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。
@鉄道の信号設備が残る。 @120q1/2qポスト。
A根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。狩勝隧道(新得側)
 A狩勝隧道(新得側)馬蹄形の断面をした煉瓦造りによる単線隧道です。明治34年(1901年)海抜644mの狩勝峠直下の狩勝隧道の工事が着手された。工事は掘削地の岩質が一定せず、また固い岩層に突き当たり、予想を超えた湧水に阻まれ1日30cm〜90cmしか掘削出来ない手作業の難工事で開通までに3年半を要し、明治38年(1905年)1月に完成しました。その後、大正11年(1922年)に36mの延長工事があり954mになりました。また、隧道内は25‰という急勾配が続くため機関士は排煙と熱気に苦しめられ続けました。その隧道の環境改善策として昭和23年(1948年)11月遮風用の垂れ幕が新得側出口に設置されました。操作は上り列車後部が隧道に入りきったと同時に入口上部引き上げてある厚手のシート造り垂れ幕(ウエイト付)を瞬時に下げて入口を塞ぎます。これにより排煙を列車後部に吸い寄せて運転室に排煙などが纏わり付くのを防止する装置です。24時間体制で保線係員が操作していました。昭和41年(1966年)10月1日、落合−新得間の新鮮への切り替えで廃止されました。
B根室本線旧線の新内駅−落合駅間の廃線跡。シーソラプチ川支流に架かる霞橋の近くに橋台が残る。
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廃線探索 根室本線旧線(新得駅−落合駅間)