更新日時 2013年11月09日

 十勝鉄道株式会社は、かつては、帯広市や清水町で軽便鉄道を運営していた。砂糖の原料であるビートを輸送するために1924年敷設された軽便鉄道が始まり。帯広市から南部の町村に至る北海道最大の鉄道網を有する私鉄であった。また地域からの要望により混合列車が走るようになり、トテッポの愛称で地域の足として親しまれた。1945年に清水町に同様の理由で敷設されていた河西鉄道を合併したが、その後のトラックの普及により貨物輸送の意義が急速に失われ、1951年に旧河西鉄道線である清水部線を全廃、1959年に旅客営業を廃止し、工場前駅(日本甜菜製糖 帯広製糖所の前) - 帯広駅間をのぞいて、廃止された。残りの区間も工場が閉鎖されたことから1977年に廃止された。日本甜菜製糖の子会社で、主にビートの取りまとめや、糖蜜の輸送などトラック輸送を主としている運送会社である。地元では十鉄(じってつ、じゅってつ)と呼ばれ、親しまれている。本社は北海道帯広市稲田町南9線西13番地にある。
駅一覧
帯広大通駅 - 新帯広駅 - 女学校前駅 - 工場前駅 - 農学校前(現帯広畜産大学駅) - 十勝稲田駅 - 川西駅 - 豊西駅 - 藤駅 - 美栄駅 - 十勝清川駅 - 上清川駅 - 南大平駅 - 戸蔦駅
 @帯広駅(おびひろえき)は、北海道帯広市西2条南12丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線の駅である。帯広市の代表駅で、帯広市西2条南12丁目4にある。JR北海道の駅番号はK31。電報略号はオロ。札幌駅 - 帯広駅間の特急「スーパーとかち」の終点であり、札幌駅 - 釧路駅間の特急「スーパーおおぞら」を含め、すべての列車が停車する。正面には駐車場、タクシー乗り場、帯広駅バスターミナル(旧帯広駅バスタッチ後継施設)があり、帯広市内路線バス、帯広空港、都市間バスの乗降ができる。
 @帯広駅構造は島式ホーム2面4線を持つ高架駅である(ちなみにこの駅より東に有人高架駅はないため、当駅は日本最東端の有人高架駅である)。高架化以前からホテル事業と小売事業を行っていた帯広ステーションビル(1965年(昭和40年)発足 帯広市が筆頭株主の第三セクター)が、1996年(平成8年)エスタ帯広を開業したが、中心街の空洞化が進んだことなどから開店直後から集客難が続き、テナントの撤退が相次いだ結果、開業後わずか2年で自己破産した。現在もテナントに空きが見られる。終日社員配置駅。1・2番のりば改札口はジェイ・アール道東トラベルサービスが受託している。駅舎の1階はショッピングエリア・各種施設・待合室・みどりの窓口(営業時間6時00分 - 22時30分)・ツインクルプラザ・改札口(自動改札機(Kitaca非対応))があり、2階がホームとなる。駅弁は1階売店で販売している。また、ふるさと銀河線の廃止まで、連絡乗車券を買える自動券売機が設置されていた。改札口は当初駅中央部にあったため、連絡通路があったが、テナントの撤退が相次ぎ要望を受けて改札口が後退、中央部が開放された。このような方式は九州旅客鉄道(JR九州)宮崎駅にも見られる。コンコースに、からくり時計が設置されている。2番線と3番線の間は完全に吹き抜けとなっており、1番線と4番線も完全に覆う形にはなっていない(ホームは屋根で覆われている)。
 @このレールは、十勝の発展と共に歩んだ鉄道の歴史を記念し、明治38年(1905年)に最初に鉄道が敷設された位置に復元されたものです。
A十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の帯広大通駅 - 新帯広駅間の廃線跡。駅前はデルタ線になっていた。
B十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の帯広大通駅 - 新帯広駅間の廃線跡。幅の広い駅前通りになっている。
C十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の廃線跡。新帯広駅周辺。幅の広い駅前通りになっている。
D十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の新帯広駅 - 女学校前駅間の廃線跡。ここから先は遊歩道になっている。
E十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の新帯広駅 - 女学校前駅間の廃線跡。
F十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の新帯広駅 - 女学校前駅間の廃線跡。
 G十勝鉄道の蒸気機関車4号。日本車両会社製作。十勝鉄道は、砂等の原料となる甜菜の輸送を目的に1920年(大正9年)北海道製糖(株)(現在の日本甜菜製糖(株))の専用鉄道として開通しました。1923年(大正12年)から旅客輸送も始まり、旧川西村を中心とした山麓地帯で働く人々の足として十勝開拓史上大きな役割を果たしました。また、十勝鉄道は「トテッポ」と呼ばれ多くの人々から親しまれていました。しかし、時代と共に自動車輸送が中心となり1959年(昭和34年)営業を停止しました。
G十勝鉄道の客車コハ23号。楠木製作所製作。
H十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の新帯広駅 - 女学校前駅間の廃線跡。
I十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅周辺跡。
J十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅 - 工場前駅間の廃線跡。
K十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅 - 工場前駅間の廃線跡。
L十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅 - 工場前駅間の廃線跡。
M十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅 - 工場前駅間の廃線跡。
N十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅 - 工場前駅間の廃線跡。
O十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の廃線跡。売買川を渡る橋梁が架かっていたと思われる。
O十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の廃線跡。ここから先の廃線跡は住宅が建ち並んでいる。
P十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の女学校前駅 - 工場前駅間の廃線跡。
Q十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅跡。
R十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅 - 農学校前駅間の廃線跡。
S十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅 - 農学校前駅間の廃線跡。
@十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅 - 農学校前駅間の廃線跡。
A十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅 - 農学校前駅間の廃線跡。
B十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅 - 農学校前駅間の廃線跡。
C十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の工場前駅 - 農学校前駅間の廃線跡。
D十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線の農学校前駅跡。
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廃線探索 十勝鉄道(帯広部線)戸蔦線