更新日時 2014年09月19日

廃線探索 美幸線
 美幸線(びこうせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。北海道中川郡美深町の宗谷本線美深駅を起点とし、同町内の仁宇布駅に至る路線であった。計画では、美深より仁宇布を経てオホーツク海沿岸枝幸町の興浜北線北見枝幸駅に至る予定で、仁宇布から枝幸方にかけて一部工事が行われたものの、1980年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)9月17日に全線廃止された。線名は予定線の起終点から採られており、「美」は起点の美深、「幸」は終点の北見枝幸(枝幸郡枝幸町)である。警報機のある踏切は宗谷本線と共用のものを除けば1箇所(道道)のみで、人跡のまれな地帯をゆく路線であった。北海道北部開発の拠点であった枝幸と宗谷本線を短絡する目的で計画された鉄道路線で、1953年(昭和28年)に鉄道敷設法別表第144号の2「天塩国美深ヨリ北見国枝幸ニ至ル鉄道」として追加された。枝幸へは興浜北線が浜頓別で天北線に接続、予定線の興浜線が雄武で興浜南線に接続し、興部で名寄本線に連絡する予定であったが、大消費地である旭川、札幌に出るには遠回りとなることから長年にわたって請願が続けられていたものである。1964年(昭和39年)に第1期線である美深 - 仁宇布間が部分開業し、以遠も日本鉄道建設公団によって建設が進められた。
日本国有鉄道 美幸線(廃線)
美深駅 - 東美深駅 - 辺渓駅 - 仁宇布駅
 @美深駅(びふかえき)は、北海道中川郡美深町字開運町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。駅番号はW54。電報略号はヒカ。美深町の代表駅で、特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」が停車する。かつてはこの駅で美幸線と接続していた。駅名の由来はアイヌ語の「ピウカ(小石のある河)」からきたもの。
 @美深駅構造は相対式ホーム2面2線を持つ地上駅。かつて美幸線が現役の頃は、木造駅舎であった。ホーム間の移動は跨線橋を使う。社員配置駅。みどりの窓口が設置されている(営業時間 9時00分 - 16時30分)。駅舎には美深町運営の売店、観光協会の案内所も入っている。名士バスのバスターミナルと一体化した『美深町交通ターミナル』となっている。屋上には廃止された美幸線を偲んで作られた『美幸の鐘』があり、「スーパー宗谷」1号到着時および15時に鳴らされる。
A美幸線の美深駅 - 東美深駅間の廃線跡。宗谷本線脇の草むらが廃線跡。美深構内踏切より撮影。
B美幸線の美深駅 - 東美深駅間の廃線跡。廃線跡の痕跡は残っていない。
C美幸線の美深駅 - 東美深駅間の廃線跡。廃線跡には導水管が埋設されているようだ。
 D東美深駅(ひがしびふかえき)は、北海道中川郡美深町字美深にあった日本国有鉄道(国鉄)美幸線の駅(廃駅)である。美幸線の廃線に伴い1985年(昭和60年)9月17日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(仁宇布方面に向かって右手側)に存在した。開業時からの無人駅で駅舎はないが、ホーム西側に待合室を有した。駅名の由来は当駅の所在する地の「東」に位置することから付けられた。遺構は全く残っていない。
E美幸線の東美深駅 - 辺渓駅間の廃線跡。
 F美幸線の東美深駅 - 辺渓駅間の廃線跡。ケンペニウップ川支流(ペンケ十号川)にコンクリート橋梁が残る。
 G辺渓駅(ぺんけえき)は、北海道中川郡美深町字辺渓にあった日本国有鉄道(国鉄)美幸線の駅(廃駅)である。美幸線の廃線に伴い1985年(昭和60年)9月17日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(仁宇布方面に向かって右手側)に存在した。開業時からの無人駅で駅舎はないが、ホーム上に待合室を有した。駅名の由来は当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「ペンケ」(川上)に由来する。遺構は全く残っていない。
H美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡。ケンペニウップ川にコンクリート橋梁が残る。
I美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡。ケンペニウップ川にコンクリート橋梁が残る。
J美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡。ケンペニウップ川にコンクリート橋梁が残る。
K美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡。ケンペニウップ川支流橋台が残る。
L美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡。高広川にコンクリート橋梁が残る。
 M美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡。トロッコ王国美深のエンジン付トロッコの折り返し地点。高広パーキング近く。エンジン付トロッコの運転体験ユーチューブリンク
N美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)ケンペニウップ川支流の橋梁。
O美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
P美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
Q美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
R美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
S美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
@美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)踏切跡を横断。
A美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
B美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)ケンペニウップ川支流の橋梁。
C美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)ケンペニウップ川支流の橋梁。
D美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
E美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)踏切跡を横断。
F美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)踏切跡を横断。
G美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)踏切跡を横断。
H美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)ケンペニウップ川支流の橋梁。
I美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)踏切跡を横断。
J美幸線の辺渓駅 - 仁宇布駅間の廃線跡(トロッコ王国美深の軌道)
Jトロッコ王国美深のエンジン付トロッコ。
 J仁宇布駅(にうぷえき)は、北海道中川郡美深町字仁宇布にあった日本国有鉄道(国鉄)美幸線の駅(廃駅)である。美幸線の廃線に伴い1985年(昭和60年)9月17日に廃駅となった。駅名の由来は当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「ニ・ウプ」(木があるもの)に由来する。
 J仁宇布駅構造は廃止時点で、島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北東側(仁宇布方面に向かって左手側)に存在した。列車の発着に使用する駅舎側の1番線だけではなく、駅舎と反対側の乗り場(2番線)の線路も敷設され側線扱いとなっていた。2線はホームの先で収束し、路線延長時には列車交換が可能な構造となっていた。ほかに2番線の外側に貨物用の側線(3番線)を1本有した。職員配置駅となっており、木造プレハブ造りの駅舎が存在した。駅舎は構内の南東側に位置し、ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した。1981年(昭和56年)時点で職員は合計6人が配置されていた。
 Jトロッコ王国美深は、北海道中川郡美深町にある観光施設、およびそれを運営しているNPO法人である。日本一の赤字路線として1985年(昭和60年)に全線廃止された日本国有鉄道(国鉄)美幸線の廃線跡の一部、約5kmおよび敷地104,700uを利用し、観光の活性化を目的としてエンジン付きトロッコを運行している。美深町の所有する旧美幸線の線路や鉄橋を始めとする付帯施設をNPO法人「トロッコ王国美深」が無償で借り受け、車両や線路の製造・メンテナンス全般を行い、運営されている。推定最高速度は約20km/h位だが、オープンスタイルとガタンゴトンというジョイント音の響きが、かなりのスピード感とスリル感を醸し出し、さらには自分で運転できる感触が人気を集めている。沿線には、自然の草花や木々の緑が季節ごとに天然の彩を変え、清流のせせらぎと白樺の緑のトンネルを縫うように走る鉄路は、牧歌的な北海道の自然体感の場として、訪れる人々の心を虜にしている。特別豪雪地帯であるため、冬季の運行は休止される。夏休みシーズンや大型連休時には全国各地から多くの人々が訪れ、賑わいを見せている。
J美幸線記念碑。 Jトロッコ人車。
J軽自動車を改造した軌道自動車。
J国鉄583系電車の中間車両が置かれている。状態は良くない。
J国鉄583系電車の中間車両内部。
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