更新日時 2014年10月07日

 日鉄鉱業喜茂別鉱山専用鉄道:胆振線喜茂別駅から日鉄鉱業喜茂別鉱山専用鉄道が分岐していた。喜茂別駅を称した駅は、2つ存在した。ひとつは胆振鉄道が開業した際に終着駅として設置した喜茂別駅(初代)。もうひとつは胆振鉄道を合併した胆振縦貫鉄道が、伊達紋別方面に路線を延長する際に、喜茂別駅(初代)と留産駅の間に新設した西喜茂別駅(にしきもべつえき)を国有化時に改称したものである。胆振縦貫鉄道開業後は、西喜茂別駅 - 喜茂別駅(初代)間は貨物支線(キロ程0.7km)となっていたが、国有化の際に喜茂別駅(初代)は旧・西喜茂別駅構内に併合され、廃止となった。1938年(昭和13年) 喜茂別駅(初代)-字福島の日鉄鉱業上喜茂別鉱山間に専用鉄道6.6kmが開通。1957年(昭和32年)日鉄鉱業喜茂別鉱山専用鉄道撤去。
喜茂別鉱山専用線
喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅
 @喜茂別駅(きもべつえき)は、北海道(後志支庁)虻田郡喜茂別町字喜茂別にあった日本国有鉄道(国鉄)胆振線の駅(廃駅)である。電報略号はキヘ。胆振線の廃線に伴い1986年(昭和61年)11月1日に廃駅となった。1980年(昭和55年)10月まで運行されていた急行「いぶり」の停車駅であった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム2面2線を有する地上駅であった。ホームが千鳥式に配置された列車交換可能な交換駅であった。互いのホームは駅舎側ホーム西側と対向ホーム東側を結んだ構内踏切で連絡した。駅舎側ホーム(南側)が下りの1番線、対向ホーム(北側)が上りの2番線となっていた。この2つのホームはかなり離れていた。そのほか2番線の倶知安方から分岐し2番線ホームの外側(乗降可能)への行き止まりの側線を1線有していた。業務委託駅となっており、駅舎は構内の南西側に位置し、ホームとは通路及び構内踏切で連絡した。かつては鉄鉱石や農産物の集荷駅であった。駅名の由来は当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「キム・オ・ペツ」(山より来る川)に由来する。
A喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。道路に転用。
B喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。
C喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。
D喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。
E喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。
F喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。
G喜茂別鉱山専用線の喜茂別駅 - 日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅間の廃線跡。
H喜茂別鉱山専用線の日鉄鉱業上喜茂別鉱山駅跡。
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廃線探索 日鉄鉱業喜茂別鉱山専用鉄道