更新日時 2014年10月01日

 茅沼炭鉱専用鉄道:茅沼港は港が小さいため大型船が接岸できず、艀荷役により岩内港へ石炭を運んでいた。沢口汽船から鉱区を買い取った茅沼炭礦株式会社(後に茅沼炭化礦業と改称)は岩内港まで索道を設け、茅沼炭鉱軌道を廃止して効率化を図った。しかしながら、冬期間には海の湿気を含んだ風雪によって海沿いの滑車やロープが凍結して運行が停滞することが頻繁であったため、これを軌道化することが早くから求められたが、戦後になって炭鉱に近い平野部の発足(はつたり)に貨物駅を設けて岩内駅から専用鉄道を敷設し、選炭場から発足駅までは索道で搬出する形に切り替えられた。この山側に残った索道については、1948年(昭和23年)7月から、選炭場から発足駅近傍まで隧道を掘削して、駅から隧道出口まで側線を延伸するという切り替え工事に着手したが、進捗の遅れと会社経営悪化により、当初の竣工予定年であった1950年(昭和25年)になって工事半ばで中止された。
茅沼炭鉱専用鉄道
岩内駅 - 発足(はつたり)貨物駅
 @岩内駅(いわないえき)は、北海道岩内郡岩内町字万代にあった日本国有鉄道(国鉄)岩内線の駅(廃駅)である。岩内線の廃線に伴い1985年(昭和60年)7月1日に廃駅となった。1980年(昭和55年)まで運行されていた(岩内線内乗入廃止)準急(後に急行)「らいでん」(岩内線内普通列車)の発着駅であった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(岩内方面に向かって左手側)に存在した。かつては貨物列車の運行があった名残で多くの側線があり構内は広く取られていたが、1983年(昭和58年)時点では大部分の線路が撤去されており、旅客列車の発着線の北側にホームを有さない副本線1線、小沢方より分岐し構内の端をめぐり発着線の延長で収束する形の側線とその分岐側線を東側・北側各1線、旅客ホームとは別に隣接してあった貨物ホームに向かってホーム端より分岐した行き止まりの貨物側線2線を有した。ホームには庭園と花壇があった。職員配置駅で、駅舎は構内の南側に位置しホーム中央部分に接していた。大きくて立派な建物であった。駅名の由来は当駅の所在する地名より。地名に関しての定説は確定しておらず、和人の「硫黄」がアイヌ語に転訛した「イワウ」を含むと見られるイワウナイ(硫黄の川)、あるいはイエオナイ(軽石の多い川)、その他幾つかの説があるが、特異な禿山の硫黄山であるイワウヌプリ(岩雄登山、イワオヌプリ)が後背に控えていることから、硫黄川説が有力とされている。松前藩が1700年(元禄13年)に作成し幕府に献上した地図にはすでに「岩内」の漢字が当てられて書かれている。
A茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。岩内線と並走していた。
B茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。岩内線と並走していた。
C茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。岩内線と並走していた。
D茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。岩内線と並走していた。
E茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。岩内線と並走していた。
F茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。この辺から岩内線と分岐していた。
G茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。廃線跡の痕跡が残っていない。
H茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。ここから先は道路に転用。
I茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
J茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
K茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
L茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。この先は川を渡る橋梁が有った。
M茅沼炭鉱専用鉄道の岩内駅 - 発足貨物駅間の廃線跡。
N茅沼炭鉱専用鉄道の発足貨物駅跡。現在は泊原発の原子力村になっている。
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廃線探索 茅沼炭鉱専用鉄道