更新日時 2014年09月11日

 室蘭本線旧線(礼文駅-大岸駅):1928年(昭和3年)9月10日:静狩駅 - 伊達紋別駅間が延伸開業し、長輪西線・長輪東線を併せて長輪線とする。延伸開業区間に礼文駅、小鉾岸駅(現在の大岸駅)、弁辺駅(現在の豊浦駅)、虻田駅(現在の洞爺駅)、有珠駅、長流駅(現在の長和駅)を新設。1931年(昭和6年)4月1日長万部駅 - 岩見沢駅間と東輪西駅(現在の東室蘭駅) - 室蘭駅間を区間統合し、室蘭本線とする(長輪線を室蘭本線に編入し、東輪西駅 - 室蘭駅間を支線とする)。1975年(昭和50年)10月22日礼文駅 - 大岸駅間複線化に伴う経路変更により廃止。
室蘭本線旧線
礼文駅-大岸駅
室蘭本線旧線(大岸駅 - 豊泉駅 - 豊浦駅)リンク
 @礼文駅(れぶんえき)は北海道虻田郡豊浦町字礼文華にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。駅番号はH44。電報略号はレン。当駅から長万部方面は函館支社の管轄になる。駅名の由来は当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「レプン・ケプ」(崩壊岬)に由来する[1]。礼文華海岸を示している。
 @礼文駅構造は単式・島式複合型の2面3線を有する地上駅。互いのホームは岩見沢方の構内踏切で連絡している。1993年(平成5年)時点では上りホーム(駅舎側)に長万部方から分岐した側線を1本、下りホームの外側にバラスト積出用の側線を2本有していた。無人駅となっている。駅舎は線路の西側(岩見沢方面に向かって右側)に位置し、開業当初の駅舎は改築されサイディングが張られ出窓を有する一見住宅風の駅舎となった。駅舎内にトイレを有する。
A室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の礼文第1道路踏切より撮影。
B室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の礼文浜トンネル。延長1.232q。竣工昭和50年3月30日。
B室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。室蘭本線の新線とはここから分岐していた。
C室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
D室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
E室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。隧道が残る。
E室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。岩見隧道の礼文駅側。。
F室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。岩見隧道内部。
G室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。岩見隧道の大岸駅側。
H室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。隧道を拡張してチャストンネルに転用。
H室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。隧道を拡張して道路トンネルに転用。
I室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。隧道を拡張して道路トンネルに転用。
I室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。隧道を拡張してカムイチャシトンネルに転用。
I室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の旧道路トンネル。
I室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の旧道路トンネル。
J室蘭本線の礼文駅-大岸駅間の廃線跡。
 K大岸駅(おおきしえき)は、北海道虻田郡豊浦町字大岸にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。駅番号はH43。電報略号はキシ。駅名の由来は当駅の所在する地名より。当地は以前、アイヌ語の「オプケウシペッ」(槍の柄を削るところ)に由来する「小鉾岸」(おふけし)の名で、駅名も同名であったが、1935年(昭和10年)、大字名が音は似ているが漢字が簡単な「大岸」に改称され、駅名も合わせて改称された。
 K大岸駅構造は単式・島式(片側使用)の2面2線を有する地上駅。互いのホームはホーム中央の構内踏切で連絡している。島式ホームの踏切階段付近にパラソル型の上屋を有する。かつては単式・島式複合型の2面3線を有しており(1983年時点ではこの配線)、現配線は駅舎側の中線(旧2番線)を撤去した形となる。また1番線(下りホーム・駅舎側)に岩見沢方から分岐した側線を1本有していた。無人駅となっている。駅舎は線路の北側(陸側・岩見沢方面に向かって左側)に位置し、開業当初の駅舎は改築されている。駅舎内にトイレを有する。
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廃線探索 室蘭本線旧線(礼文駅-大岸駅)