更新日時 2019年05月06日

廃線探索 北海道糖業道南製糖所専用線
 北海道糖業道南製糖所専用線:昭和34年10月道南製糖所建設を終えて操業するに当たって、伊達紋別駅からの専用線が設置された。操業当時は原料甜菜をはじめ主要資材及び製品などの大量貨物輸送の主役として活躍した。昭和40年代後半からは道路網が整備されモータリゼーションの波に押され、主として石炭・コークスなどの資材及び製品の一部の輸送に利用されるのみとなった。更に昭和61年11月より伊達紋別駅における貨物取扱が廃止されるに及んで、昭和61年10月22日の運行を最後に専用線も廃止された。北海道糖業は1968年(昭和43年)に農林省及び北海道庁の行政指導並びに「甘味資源特別措置法」第19条に基づく農林大臣の勧告により、芝浦精糖や台糖(現在の三井製糖)、大日本製糖(現在の大日本明治製糖)のビート糖(テンサイ)部門を分離統合して設立し、3社のビート糖事業部門に属する営業を譲り受けて発足した。道南製糖所は室蘭本線伊達紋別駅から専用線があった。
北海道糖業道南製糖所専用
伊達紋別駅 - 北海道糖業道南製糖所
 @伊達紋別駅(だてもんべつえき)は北海道伊達市山下町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。駅番号はH38。電報略号はタテ。伊達市の代表駅であり、1925年(大正14年)8月20日、国有鉄道長輪東線(現在の室蘭本線)の駅として開設された。1940年(昭和15年)12月15日に胆振縦貫鉄道(後の胆振線)が開業し、同線との分岐駅となった。1986年(昭和61年)11月1日に胆振線が廃止され、現在は室蘭本線の単独駅となっている。駅名の由来は当駅の所在する地名より。伊達の名は伊達成実の後裔である亘理伊達氏当主・伊達邦成とその家臣団が1870年(明治3年)に入植したことから付けられた。1900年(明治33年)に伊達村となる前の地名は紋鼈(もんべつ)であり、字を紋別と変えて伊達と併せ駅名に採用した。
 @伊達紋別駅構造は単式ホーム・島式ホーム複合型の2面3線を有する地上駅。互いのホームは中央部分に位置する跨線橋で連絡している。他の駅とは異なり、3番線側に改札口がある。社員配置駅で、みどりの窓口(営業時間:7時00分 - 19時30分)が設置されている。駅舎は開業時のものが手直しされて利用されている。外観は白壁、こげ茶色の柱、梁を有し、天井は大型枡格天井となっている。駅舎内にはキヨスク及び「サンプルショップ」という店舗が入店し、トイレも有する。駅スタンプも設置されている。
@北海道糖業道南製糖所専用線の伊達紋別駅の貨物ヤード跡。
A北海道糖業道南製糖所専用線の廃線跡。
B北海道糖業道南製糖所専用線の廃線跡。
C北海道糖業道南製糖所専用線の廃線跡。
D北海道糖業道南製糖所専用線の廃線跡。
E北海道糖業道南製糖所専用線の廃線跡。
E北海道糖業道南製糖所専用線の廃線跡。
F川崎車両製B型20tディーゼル機関車5801号機。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『伊達市』を掲載」