更新日時 2014年09月03日

 中央線旧線(甲斐大和駅-勝沼ぶどう郷駅):大日影トンネルは、1896年(明治29年)に始まった中央本線八王子駅 - 甲府駅間建設に伴い掘削された。レンガ積みで造られた同トンネルは1902年(明治35年)に貫通、1903年(明治36年)に同区間は単線で開通し、勝沼・塩山・甲府などの甲州街道沿いの町々と八王子・東京との間の物流の所要時間は短縮され、ぶどうやワインの輸送量が爆発的に増加するなど、鉄道とトンネルの開通は地域の経済発展に大きく寄与した。輸送量の増大に合わせ1931年(昭和6年)に同区間は電化、1968年(昭和43年)に複線化され、複線化の際に、単線で作られた大日影トンネルは下り専用とされた。1997年(平成9年)に、線形改良等のため隣に新大日影トンネル上下線が開通、大日影トンネルは用途を廃止された。2005年(平成17年)にJR東日本から旧勝沼町へ無償譲渡され、2007年(平成19年)3月に遊歩道として整備された。深沢トンネルは、連続する大日影トンネルと同様、1902年(明治35年)に貫通。1903年(明治36年)に中央線は甲府まで開通した。中央線の開通により、東京まで短時間で大量に出荷できるようになったため、勝沼のぶどうとワイン産業に革命的な変化をもたらした。
2010年04月10日探索:中央本線旧線(鳥沢駅-猿橋駅)
2011年08月14日探索:中央本線旧線(甲斐大和駅-勝沼ぶどう郷駅)
2014年08月16日探索:中央本線旧線(穴山駅-日野春駅)
2014年03月23日探索:中央本線旧線(小淵沢駅-信濃境駅)
2014年08月16日探索:中央本線旧線(信濃境駅-富士見駅)
2014年08月16日探索:中央本線旧線(東塩尻信号場)
2013年09月21日探索:中央本線旧線(南木曽駅 - 田立駅)
 @勝沼ぶどう郷駅(かつぬまぶどうきょうえき)は、山梨県甲州市勝沼町菱山にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線の駅である。(2011年08月14日撮影)
 @勝沼ぶどう郷駅構造は島式ホーム1面2線を持つ地上駅。のりばは駅舎側から1番線、2番線である。この地域に中央本線が開通した後に開設された駅であり、開業当初はホームなどを急勾配にしないためスイッチバック駅であった。スイッチバック駅といっても通過が可能な構造で、当駅に停車する列車のみ駅の甲府寄りで本線から分岐した線路をすすみ当駅に入っていた。ホームは駅舎より高い位置にあり、駅舎の2階から階段と小さな橋でホームの脇に業務用の通路が延びている。駅前には約1000本のサクラが植えられており毎年4月ごろに見頃をむかえるが、線路が駅舎や駅前広場より高い位置を通っているため通過する列車の内部からもこの様子を見ることが出来る。駅舎は1980年(昭和55年)にできたもので2階建てである。駅舎内部にはコンコースのほか駅事務室や独立した待合所があるほか市の観光案内所をかねたコーヒー店と市営のワインショップが併設されており、特産の甲州ワインの販売がある。コンコースのホーム側の端に出札口と改札が設けられていてその脇に自動券売機が1台設置されている。この自動券売機は、夜間は高額紙幣(1万円札・5千円札・2千円札)が使用できなくなり、1000円札と硬貨のみとなる。みどりの窓口未設置の業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)でPOS端末が設置されている。簡易Suica改札設置駅。(2011年08月14日撮影)
 @スイッチバックが廃止されたのは1968年(昭和43年)8月30日のことである。このときからこの駅のホームは25‰の勾配がある本線上に設けられているが、スイッチバック時代の遺構が残っており、現在公園として整備中である。国鉄形式の駅名標「勝沼」を復刻した旧ホームなどの整備が行われている(復刻のため隣駅は「甲斐大和」ではなく「初鹿野」になっている)。(2011年08月14日撮影)
@勝沼ぶどう郷駅のスイッチバック跡。(2011年08月14日撮影)
@勝沼ぶどう郷駅のさくら橋。スイッチバックの橋梁跡。(2011年08月14日撮影)
 @菱山道路隧道:この隧道は通称「菱山ガード」と呼ばれ、長さ29m、幅3mの煉瓦積みアーチ構造の隧道です。2つの隧道が連結されており、上部は明治36年(1903年)中央本線開通当時に造られ、下部は大正2年(1913年)勝沼駅開設に伴い、スイッチバックの引き込み線を通過させるために造られました。使われている煉瓦を見ると、明治の煉瓦は焼きむらや変形などばらつきがありますが、大正の煉瓦は少ないことが解ります。短い年月の間に製造技術が進歩したことを示しています。完成後は菱山村道として、後に県道として使われた後廃道となっていましたが、貴重な鉄道遺産である煉瓦隧道は、平成19年(2007年)近代産業遺産整備事業の一環で遊歩道として蘇りました。(2011年08月14日撮影)
 A中央線は首都圏と山梨県を結ぶ唯一の鉄道路線であり安定した輸送の使命を持っている。しかし高尾から甲府(塩山)間は山間地を縦断しているため大雨が降ると列車の運転が規制されて山梨県を陸の孤島にしてしまっていた。これを解消させるため東日本旅客鉄道株式会社八王子支社は雨に強い中央線を目指しプロジェクトチームを発足させ長年の降雨量や斜面の特性について調査分析を行い平成16年9月から対策に取りかかった。対策箇所は急峻な場所や道路アクセスの悪い場所など数百箇所にも及んだが皆の努力により4カ年という短期間で完成させた。(2011年08月14日撮影)
 AEF6418:EF64形式の電気機関車は、昭和39年(1964年)に旧日本国有鉄道が勾配線区用に開発した直流電気機関車です。昭和51年(1976年)までに基本形(0番台)79両が製造されたのち、昭和55年(1980年)〜57年(1982年)に大幅な設計変更を行った改良形(1000番台)が53両つくられました。後継機関車のEH200形の登場に伴い、平成15年(2003年)から順次廃車されています。18号機は昭和41年(1966年)5月に製作され、主に貨物車を牽引して中央本線などを走りました。単線当時の中央本線を知る貴重な機関車です。その後、南部線、青梅線、篠ノ井線などで活躍した後、平成17年(2005年)3月に現駅を引退しました。(2011年08月14日撮影)
A駅跡に似せたモニュメント?(2011年08月14日撮影)
B駅跡に似せたモニュメント?(2011年08月14日撮影)
B大久保沢河川隧道。 B大日影トンネルの当時の写真。
以下は2011年08月14日撮影。
 B大日影トンネル遊歩道(おおひかげトンネルゆうほどう)は、山梨県甲州市(旧・東山梨郡勝沼町)にある東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線の大日影トンネルを再利用した遊歩道である。勝沼ぶどう郷駅の上り方(東京方)に位置する。2012年(平成24年)1月18日から漏水による補修工事がなされていたが、2013年(平成25年)4月2日に再び通行出来るようになった。(2011年08月14日撮影)
B大日影トンネル。 B大日影トンネル内展示写真。
C大日影トンネル内展示写真。(2011年08月14日撮影)
C大日影トンネル内展示写真。(2011年08月14日撮影)
C大日影トンネル内展示写真。(2011年08月14日撮影)
D勾配標が残る。 D109.5qのqポストが残る。
D湧水、煉瓦排水路。 D大日影トンネル内展示写真。
D大日影トンネル内展示写真。(2011年08月14日撮影)
E大日影トンネル遊歩道の甲斐大和駅側。(2011年08月14日撮影)
E深沢橋梁。(2011年08月14日撮影)
 E旧深沢トンネルのトンネルワインカーヴは、山梨県甲州市勝沼町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央線の旧深沢トンネルを利用したワインセラーである。カーヴとは貯蔵庫を意味するフランス語(fr:Cave)である。甲州市勝沼ぶどうの丘が管理・運営している。(2011年08月14日撮影)
 E深沢トンネルは、連続する大日影トンネルと同様、1902年(明治35年)に貫通。1903年(明治36年)に中央線は甲府まで開通した。中央線の開通により、東京まで短時間で大量に出荷できるようになったため、勝沼のぶどうとワイン産業に革命的な変化をもたらした。このため、「甲州市のワイン醸造を支えたインフラ施設・建築物」として経済産業省の近代化産業遺産に認定された。勝沼ぶどう郷駅から大日影トンネル遊歩道を通り抜けると、2005年(平成17年)5月に開設した全長1,104mの旧深沢トンネルワインカーヴがある。トンネルがレンガ造りであることから、ワインセラーとして活用している。内部の気温は、冬場は14〜15℃、夏場は17〜18℃、湿度は60〜65%と一年を通して安定している。温度調節はしていないが、湿度調整はしている。案内所で頼めば一般客も見学できるが、入口から数十メートルまで。そこから奥は、契約者か、契約しているワイナリの案内がないと入れない。(2011年08月14日撮影)
以下の深沢トンネルと新横吹第2トンネル間は2014年8月16日撮影。
F深沢トンネルの甲斐大和駅側。この重機は深沢トンネルを抜けてきたと思われる。
F深沢トンネルと新横吹第2トンネル間には小型の橋梁が残る。(2014年8月16日撮影)
F新横吹第2トンネル。 F新横吹第2トンネルから深沢トンネルを見る。
F新横吹第2トンネルは長さ254.2m。 F新横吹第2トンネルは歩行時間5分。
F新横吹第2トンネルの左側。 F新横吹第2トンネルの右側。
以下は再び2011年08月14日撮影。
G新横吹第2トンネルの甲斐大和駅側には橋梁が架かっていた。(2011年08月14日撮影)
G新横吹第2トンネルの甲斐大和駅側坑口。ここには橋梁が架かっていた。(2011年08月14日撮影)
G中央線旧線の甲斐大和駅-勝沼ぶどう郷駅間の廃線跡。橋台が残る。(2011年08月14日撮影)
G中央線旧線の甲斐大和駅-勝沼ぶどう郷駅間の廃線跡。(2011年08月14日撮影)
G中央線旧線の甲斐大和駅-勝沼ぶどう郷駅間の廃線跡。(2011年08月14日撮影)
H新横吹第2トンネルの上り線の甲斐大和駅側坑口。(2011年08月14日撮影)
 H息子は痩せているので簡単に通り抜け出来ます。私はメタボなので坑口で待っていました。(2011年08月14日撮影)
H倉庫内には地震計か気象観測計?が設置されていました。(2011年08月14日撮影)
H新横吹第2トンネルの上り線の内部。(2011年08月14日撮影)
H新横吹第2トンネルの上り線の内部。(2011年08月14日撮影)
H新横吹第2トンネルの上り線の内部。(2011年08月14日撮影)
H立入禁止と書いてあったので、ここで息子は引き返した。(2011年08月14日撮影)
H旧線の橋台は残る。(2011年08月14日撮影)
 甲斐大和駅(かいやまとえき)は、山梨県甲州市大和町初鹿野にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線の駅である。開業当初の駅名は初鹿野(はじかの)。1903年(明治36年)に大月駅から当駅までの開通により開業した古い駅である。終着駅であった時期は短く、同年6月11日には当駅から甲府駅までが延伸となったため中間駅となった。駅開業当時、この駅は東山梨郡初鹿野村にあった。初鹿野村はその後1941年(昭和16年)に付近の村々と合併し大和村となったが駅名はそのままで、52年後の1993年(平成5年)に現在の甲斐大和駅へ改称された。これで駅名と自治体の名前が揃った格好になったが、それもつかの間の2005年(平成17年)、大和村は附近の市町と合併して甲州市となり、消滅した。駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の、計2面3線を有する地上駅。ホームは嵩上げされていない。ホームは切り通しの底に置かれており、駅舎は切り通しに橋を掛けた上に位置する。このため各ホームへは、駅舎から各ホームへ伸びる階段を下って行くことになる。なお、2・3番線に面した島式ホーム上には、駅付近で産出する甲州鞍馬石を使用したモニュメントが置かれている。駅舎は1969年(昭和41年)11月竣工で、内部には待合所のほか自動券売機2台や簡易Suica改札機1組と窓口とがある。POS端末が設置されている。(2011年08月14日撮影)
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廃線探索 中央本線旧線(甲斐大和-勝沼ぶどう郷)