更新日時 2014年08月07日

廃線探索 赤谷線
 赤谷線は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。新潟県新発田市の新発田駅と同市内の東赤谷駅を結んでいたが、1980年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1984年に廃止された。新発田 - 赤谷間は、赤谷付近から産出する鉄鉱石の輸送のため、官営製鉄所の専用線として1920年(1922年(大正11年)12月とする説もある)に敷設されたものであるが、第一次世界大戦後の不況のため使用されることなく放置されていたものを、地元の請願によって鉄道省が1925年に無償譲渡を受けて、赤谷線として開業したものである。末端の赤谷 - 東赤谷間は、鉄鉱山の再開発のため1941年に延長されたもので、東赤谷には鉱山からの積み出し施設が設置された。東赤谷駅は、33‰の急勾配を登ったところにあり、国鉄唯一のスイッチバックの終着駅であった。
日本国有鉄道 赤谷線(廃線)
新発田駅 - 東中学校前(仮) - 五十公野駅 - 新江口駅 - 米倉駅 - 新山内駅 - 赤谷駅 - 東赤谷駅
 @新発田駅(しばたえき)は、新潟県新発田市諏訪町一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。羽越本線を所属線として、当駅を終点とする白新線を加えた2路線が乗り入れる。1925年(大正14年)から1984年(昭和59年)まで、赤谷線も乗り入れていた。
 @新発田駅構造は単式ホーム1面1線とその新潟寄りに設けられた切り欠き式ホーム1線、島式ホーム1面2線を持つ地上駅。両ホームは地下通路で連絡している。終日社員配置駅となっている。新潟都市圏のSuica利用可能エリアは当駅までであり、村上方面はエリア外である。駅舎にはみどりの窓口・Suica対応自動改札機・指定席券売機・自動券売機・待合室・デイリーヤマザキJR新発田駅店(Suicaショッピングサービス利用可)などがある。かつては構内で、キオスク・新発田三新軒が運営する駅弁売店や立食いそば店が、デイリーヤマザキ部分にはJR東日本系のコンビニ「JC」を経てイートインコーナーを備えた山崎製パン系のパン屋が存在した。現在は立食いそば店のあったところに新発田市コミュニティバス・新発田市市街地循環バスの共通回数券などを販売している観光案内所とコインロッカーが設置されている。駅舎は正面口にのみあり、改札口から直接東口へ出ることはできない。駅の東側へは駅舎外、右手にある地下自由通路を経由する。
新潟市新津鉄道資料館展示の赤谷線の写真。
 @現在、JR貨物の駅は臨時車扱貨物の取扱駅となっており、貨物列車の発着がなくなっている。かつては、3番線外側にある側線から駅の東にある電気化学工業新発田サービスステーション専用線が分岐していた。そのため当駅には青海駅からセメントが到着していたが、2002年(平成14年)3月ごろに廃止された。また駅舎北側の線路に沿った場所には、有蓋車用の貨物ホームが1980年代まで置かれていた。その他、以下の専用線が存在していた。大平洋金属専用線。新発田ガス専用線。出光興産専用線。
A赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。柵内及び細長いアパートが廃線跡。
B赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。駐車場が廃線跡。
C赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。ここから遊歩道になっている。
D赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。
E赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。
F赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。
G赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。
H赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。
I赤谷線の新発田駅 - 東中学校前(仮)間の廃線跡。
 J赤谷線の東中学校前跡。東中学校前仮乗降場は、新潟県新発田市五十公野にあった、日本国有鉄道赤谷線の仮乗降場(廃駅)。赤谷線廃止に伴い1984年4月1日に廃止された。駅構造は単式ホーム1面1線を有し、プレハブの待合室があった。新発田起点2.9km(実キロ。営業キロは未設定)。
K赤谷線の東中学校前(仮) - 五十公野駅間の廃線跡。
L赤谷線の東中学校前(仮) - 五十公野駅間の廃線跡。
 M五十公野駅(いじみのえき)は、新潟県新発田市五十公野にあった、日本国有鉄道赤谷線の駅(廃駅)である。赤谷線廃止に伴い1984年4月1日に廃止された。難読駅名として知られた。単式ホーム1面1線を有した。有人駅。
新潟市新津鉄道資料館展示の赤谷線の五十公野駅名標と写真。
N赤谷線の五十公野駅 - 新江口駅間の廃線跡。
O赤谷線の五十公野駅 - 新江口駅間の廃線跡。
P赤谷線の五十公野駅 - 新江口駅間の廃線跡。
 Q赤谷線の新江口駅跡。新江口駅(しんえぐちえき)は、新潟県新発田市江口にあった、日本国有鉄道赤谷線の駅(廃駅)である。赤谷線廃止に伴い1984年4月1日に廃止された。単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。
R赤谷線の新江口駅 - 米倉駅間の廃線跡。
S赤谷線の新江口駅 - 米倉駅間の廃線跡。
@赤谷線の新江口駅 - 米倉駅間の廃線跡。
 A米倉駅(よねくらえき)は、新潟県新発田市大槻にあった、日本国有鉄道赤谷線の駅(廃駅)である。赤谷線廃止に伴い1984年4月1日に廃止された。駅構造は旅客用に単式ホーム1面1線を有した。その他に貨物用の側線を有しており、砕石列車の発着があったが末期には廃止されていた。当駅では列車の分割併合があり、そのための駅員が配置されていた。
新潟市新津鉄道資料館展示の赤谷線の駅名標と写真。
B赤谷線の米倉駅 - 新山内駅間の廃線跡。
C赤谷線の米倉駅 - 新山内駅間の廃線跡。
 D赤谷線の新山内駅跡。新山内駅(しんやまうちえき)は、新潟県新発田市山内にあった、日本国有鉄道赤新山内駅(しんやまうちえき)は、新潟県新発田市山内にあった、日本国有鉄道赤谷線の駅(廃駅)である。赤谷線廃止に伴い1984年4月1日に廃止された。駅構造は単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。
E赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。
F赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。
G赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。
H赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。
I赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。
J赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。サイクリングロードはここまで。
K赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。ここは赤谷駅跡ではありません。
L赤谷線の新山内駅 - 赤谷駅間の廃線跡。
 M赤谷駅(あかたにえき)は、新潟県新発田市赤谷にあった、日本国有鉄道赤谷線の駅(廃駅)である。赤谷線廃止に伴い1984年4月1日に廃止された。駅構造は島式プラットホーム1面2線を有したが、駅舎反対側の1線のみを使用し、列車の行き違いは行われていなかった。
新潟市新津鉄道資料館展示の赤谷線の赤谷駅駅名標の写真。
N赤谷線の赤谷駅 - 東赤谷駅間の廃線跡。加治川水系棚橋川に架かる橋梁が残る。
O赤谷線の赤谷駅 - 東赤谷駅間の廃線跡。
P赤谷線の赤谷駅 - 東赤谷駅間の廃線跡。
Q赤谷線の赤谷駅 - 東赤谷駅間の廃線跡。
R赤谷線の赤谷駅 - 東赤谷駅間の廃線跡。
 S東赤谷駅(ひがしあかたにえき)は、かつて新潟県新発田市赤谷にあった、日本国有鉄道(国鉄)赤谷線の駅(廃駅)である。赤谷線廃止に伴い1984年(昭和59年)4月1日に廃止された。当時の国鉄で唯一のスイッチバックの終着駅であった。
 S東赤谷駅構造は赤谷からの列車はスイッチバックして駅構内に入るという変わった駅構造であった。これは、1000分の33という急勾配があったためである。旅客ホームは島式1面2線。また、日鉄鉱業の専用線が2本存在した。それとは別に当駅から日鉄鉱業赤谷鉱山専用鉄道が出ていた。この鉄道は開業当初は軌間1067mmであったが、1957年(昭和32年)には軌間610mmで敷設し直され電化もされていた。当駅の新発田寄りにはイギリス製の転車台があったが、大井川鐵道の千頭駅に移設され今なお現用されている。
新潟市新津鉄道資料館展示の赤谷線の東赤谷駅駅名標の写真と赤谷線。
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