更新日時 2014年11月21日

 日本軽金属新潟工場専用線:1982年(昭和57年)頃まで、日本軽金属新潟工場、東洋瓦斯化学工業の鉄道輸送のために専用線が存在した。この専用線は越後線の新潟 - 白山間に並走する形で敷設され、信濃川橋梁の東詰側(右岸、新潟方)手前付近から分岐し、信濃川に沿って日本軽金属新潟工場の敷地を通り、現在の平成大橋付近まで敷設されており、東洋瓦斯化学工業、次いで日軽新潟工場が1980年(昭和55年)までに操業を停止したため廃止された。日本軽金属工場跡地には新潟県庁舎が新築移転することになり、線路跡は周辺整備の一環で新潟市が道路として整備を進め、関屋分水路と信濃川の分岐部までは新潟市道信濃川右岸線として整備され、それより先は「美咲こもれびのみち」として遊歩道として整備されている。越後線との分岐部の築堤は線路の撤去後も残っていたが、周辺の再開発に伴って順次整地され、前述の右岸線のほか、新潟市道上所新和線(東港線)、市の都市公園「上所島公園」、県の交流拠点施設「新潟ユニゾンプラザ」など道路や公共施設の建設用地として整備が進捗し、さらに後述の連続立体交差化事業に伴い新上所島・上所島の両跨線橋も複線化のため大規模な改修が行われており、往時の遺構は現存しない。
@日本軽金属新潟工場専用線はこの辺で越後線と分岐していた。
A日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。廃線跡は歩道部分。
B日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。道路と川の間が廃線跡。
C日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。緑地部分がが廃線跡。
D日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。道路と川の間が廃線跡。
E日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。道路と川の間が廃線跡。
F日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。道路と川の間が廃線跡。
G日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。日本軽金属新潟工場内の廃線跡。痕跡は残っていない。
H日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
I日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
J日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。歩道部分が廃線跡。
K日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。土手下の草むらが廃線跡。
L日本軽金属新潟工場専用線の廃線跡。廃線跡はコンクリートプラントへ。
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廃線探索 日本軽金属新潟工場専用線