更新日時 2014年11月22日

 新潟交通電車線は、かつて新潟県新潟市の白山前駅と燕市の燕駅とを結んでいた、新潟交通の運営による鉄道・軌道路線である。沿線住民からは「電鉄」の愛称で親しまれていたが、1999年4月5日に全線が廃止され、同社グループによる路線バスに転換された。1933年4月1日の東関屋 - 白根間を皮切りに順次開通し、同年8月15日に全線が開通した。燕市から西蒲原郡中之口村、月潟村、味方村、黒埼町と、対岸の白根市から新潟市街地を結ぶ重要な交通として、沿線住民の足となり、また周辺町村からは米や野菜などの農作物が、燕からは金物・食器などが輸送され、沿線住民からは「電鉄」の愛称で親しまれた。新潟電鉄は1943年暮れ、戦時統合により新潟合同自動車などと合併し、会社組織は新潟交通となった。
新潟交通電車線
白山前駅 - 監督署小路駅 - 白山駅前駅 - 中学校前駅 - 軽金前駅 - 硫酸会社前駅 - (鉄軌分界点) - 東関屋駅 - 東青山駅 - 平島駅 - 寺地駅 - ときめき駅 - 焼鮒駅 - 越後大野駅 - 黒埼中学前駅 - 新大野駅 - 木場駅 - 板井駅 - 七穂駅 - 吉江駅 - 味方中学前駅 - 味方駅 - 白根駅 - 千日駅 - 曲駅 - 月潟駅 - 六分駅 - 新飯田駅 - 小中川駅 - 灰方駅 - 燕駅
 @白山前駅(はくさんまええき)は、かつて新潟県新潟市(現中央区)一番堀通町にあった新潟交通電車線の駅。1933年(昭和8年)の軌道線区間開業から1992年(平成4年)の同区間廃止までの間、同線の起点駅となっていた。新潟電鉄線の軌道区間開通とともに「県庁前」駅として開業。新潟県庁舎南側、白山公園東側に位置する道路の中州部分に駅舎が設けられた。開業当初、駅舎西側にホーム1線が設けられたが、軌道区間をその後東中通、柾谷小路、萬代橋を経由して新潟駅前まで延伸することを見込み、駅舎北側にもホームを増設する予定であった。しかし結局延伸計画は実現せず、1958年(昭和33年)に免許失効。ホーム増設も行われず、開業から廃止までホーム1本の棒線駅であった戦前にはこの軌道区間に停留所が設けられたことがある。駅構造は地上駅。駅舎西側に面して単式ホーム1面1線を設けていた。
A新潟交通電車線(軌道区間)の白山前駅 - 東関屋駅間の廃線跡。軌道区間なのでそのまま道路に転用。
B新潟交通電車線(軌道区間)の白山前駅 - 東関屋駅間の廃線跡。越後線をアンダークロスする。
 C東関屋駅(ひがしせきやえき)は、かつて新潟県新潟市(現中央区)関屋大川前一丁目にあった新潟交通電車線の駅。同線の開業当初と全線廃止時は起点となっていた。駅構造は地上駅。駅員配置駅で、同線廃線前、終日有人の直営駅は変電施設があった白根駅と、この東関屋駅の2駅のみ(夜間滞泊設定駅も同様)だった。ホームは島式1面2線。このうち北側の1番線は頭端式で、降車ホームが設けられていた。1992年(平成4年)に白山前 - 東関屋間が廃止されたのに伴い、駅舎を改築。改札口(ラッチ1箇所と精算窓口)に隣接する形でバスターミナルが併設されており、新潟市中心部への路線バスが連絡していた。また駅舎には新潟交通電車部の事務所が白山前駅から移転してきた他、新潟交通の旅行センターとコンビニエンスストアローソン関屋大川前店が併設されていた。改築前は木造駅舎で、ホームは島式1面2線。北側の駅舎とは構内踏切で連絡していた。駅には電車線車両を管理する車庫が併設されており、数本の留置線があった。列車集中制御装置もこの駅に置かれ、電車線運用の中枢を担っていた。駅舎西側の駐車場・駐輪場の敷地内には、廃止に伴い撤去された旧白山前駅の建物の一部が撤去工事の際に取り置きされ、窓口のアクリル板や、右書きの「車電」という銘板が付けられた煉瓦壁の一部などが置かれていた。自社保管もしくは市などへの提供を目的にしたものと思われたが、敷地売却の際に撤去された。
 D東青山駅(ひがしあおやまえき)は、かつて新潟県新潟市(現同市西区)青山二丁目にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は関屋大橋西詰の築堤上にあった単式ホーム1面1線の無人駅。ホーム上には雨避け用の小さな上屋が設けられており、ベンチが置かれていた。券売機・トイレなどは設置されていなかった。電車線北西側の青山道下交差点向かい側に1979年(昭和54年)開店したジャスコ新潟店(現:イオン新潟青山ショッピングセンター)への来店需要を考慮し、利用客開拓のため新設された。駅跡は廃線以来、付近の築堤や新潟県道42号新潟黒埼インター線に架設された青山道下跨道橋はほぼ廃線時のまま存置されているが、築堤に設けられた階段など、当時の駅舎の設備は全て撤去され、その後は長年雑草に覆われていた。新潟市では2010年度から廃線敷を活用した自転車歩行者専用道路「新潟市道西5-270号線」の整備を進めており、県道と築堤上の自歩道とを連絡する階段の新設や跨道橋の補強などを実施し、2012年秋に付近の整備を完了した。
 D新潟交通電車線の東青山駅 - 平島駅間の廃線跡。新潟県道42号新潟黒埼インター線に架設された青山道下跨道橋。
E新潟交通電車線の東青山駅 - 平島駅間の廃線跡。コンクリートの橋梁が残る。
 F平島駅(へいじまえき)は、かつて新潟県新潟市(現西区)平島字道下にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。駅跡は近年までプラットホームが残され駅部分の線路もそのままになっていたが、現在は線路が撤去されホームも取り壊されている。しかしホーム部分の土がそのままになっているため駅跡の識別は比較的容易である。
G新潟交通電車線の平島駅 - 寺地駅間の廃線跡。
 H寺地駅(てらじえき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町大字寺地(現新潟市西区ときめき西四丁目)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。なお廃線時の寺地駅は2代目であり、初代寺地駅は踏切をはさんで反対側、北部公民館の向かいにあった。
I新潟交通電車線の寺地駅 - ときめき駅間の廃線跡。
 Jときめき駅(ときめきえき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町(現新潟市西区)ときめき東一丁目にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は交換設備を持たない「停留場」である地上駅。無人駅だった。線路東側に設けられたホームは単式1面1線。駅舎はなく、ホーム上の上屋には住宅用カーポートが代用された。またバリアフリー対策として、ホーム南側にはスロープが設けられていた。ホーム北側には自動販売機が1台設置されていた。駅名標の道路側には「ときめき停留所」と記されていた。また時刻表も線内の他駅同様、漢数字で縦書きされたものが設置されていた。
K新潟交通電車線のときめき駅 - 焼鮒駅間の廃線跡。
L新潟交通電車線のときめき駅 - 焼鮒駅間の廃線跡。
 M焼鮒駅(やきふなえき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町大字山田(現新潟市西区山田)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は地上駅。平日午前のみ業務を行う簡易委託駅であった。相対式ホーム2面2線を有し、両ホームが構内踏切によって連絡していた。駅舎には出札窓口のほか、自動販売機、トイレ(汲取式)などが設けられていた。駅舎のすぐ南側を、上越新幹線の高架橋が東西に横断している。東関屋方の線路がカーブしているのは、1964年(昭和39年)の新潟地震によって、曲げられたものである。
N新潟交通電車線の焼鮒駅 - 越後大野駅間の廃線跡。
O新潟交通電車線の焼鮒駅 - 越後大野駅間の廃線跡。
P新潟交通電車線の焼鮒駅 - 越後大野駅間の廃線跡。
 Q越後大野駅(えちごおおのえき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町大字鳥原(現新潟市西区鳥原)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は地上駅。後年は平日午前のみ業務を行う簡易委託駅であった。相対式2面2線のホームを有し、両ホームが構内踏切によって連絡していた。駅舎には出札窓口のほか、自動販売機、公衆電話、トイレ(汲取式)などが設けられていた。また待合所には黒埼町の物産展示コーナーが設けられていた。
R新潟交通電車線の越後大野駅 - 黒埼中学前駅間の廃線跡。
 S黒埼中学前駅(くろさきちゅうがくまええき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町大字大野(現新潟市西区大野町)にあった新潟交通電車線の駅。近隣にある、黒埼町立黒埼中学校へ通学する学生への利便を考えて、住民からの要望により開業された駅であったが、駅と中学校の間に朝の時間帯に車の往来の多い道路があったため、木場駅および板井駅より通学する生徒に対しては、中学校側から、新大野駅を通学に利用するよう通達があった。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。
@新潟交通電車線の黒埼中学前駅 - 新大野駅間の廃線跡。
 A新大野駅(しんおおのえき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町大字大野(現新潟市西区大野町)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は片側ホーム1面1線の地上駅で平日午前のみ業務を行う簡易委託駅であった。
B新潟交通電車線の新大野駅 - 木場駅間の廃線跡。
 C木場駅(きばえき)は、新潟県西蒲原郡黒埼町(現、新潟市西区)木場にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は地上駅。平日午前のみ業務を行う簡易委託駅であった。相対式ホーム2面2線を有し、両ホームが構内踏切によって連絡していた。駅舎には出札窓口の他、自動販売機、トイレ(汲取式)などが設置されていた。
 D板井駅(いたいえき)は、かつて新潟県西蒲原郡黒埼町大字板井(現新潟市西区板井)にあった新潟交通電車線の駅。片側一面単式ホーム。開放型の待合室のある無人駅であった。
 E七穂駅(ななほえき)は、かつて新潟県西蒲原郡味方村大字山王(現新潟市南区山王)にあった新潟交通電車線の駅。相対式ホーム2面2線の地上駅。委託駅であったが、1998年(平成10年)に無人駅となっている。
F新潟交通電車線の七穂駅 - 吉江駅間の廃線跡。
 G吉江駅(よしええき)は、かつて新潟県西蒲原郡味方村大字吉江(現新潟市南区吉江)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。
 H味方中学前駅(あじかたちゅうがくまええき)は、かつて新潟県西蒲原郡味方村大字味方(現新潟市南区味方)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。1999年(平成11年)4月の廃駅後、かつての構内は味方中学前駅跡地公園(あじかたちゅうがくまええきあとちこうえん)として整備されている。
I新潟交通電車線の味方中学前駅 - 味方駅間の廃線跡。
 J味方駅(あじかたえき)は、かつて新潟県西蒲原郡味方村大字味方(現新潟市南区味方)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。一部時間帯のみ係員が配置される委託駅であった。
K新潟交通電車線の味方駅 - 白根駅間の廃線跡。
L新潟交通電車線の味方駅 - 白根駅間の廃線跡。
 M白根駅(しろねえき)は、かつて新潟県西蒲原郡味方村大字白根(現新潟市南区西白根)にあった新潟交通電車線の駅。旧白根駅舎は取り壊され、現在は小さな公園として整備され、白根大凧合戦の際には、たくさんの露店が立ち並ぶ。駅構造は地上駅。駅舎側単式ホームが月潟・燕方面、反対側の島式ホームが東関屋・白山前方面の2面3線。島式ホームの1線は留置線であった。また駅舎側の東関屋寄りに貨物用の側線があった。線路西側には電車線全線に電力を供給する変電所が設けられていた。この関係から、当駅は終日駅員が配置される有人駅であった。なお廃線時、終日有人駅は当駅と東関屋駅の2駅しかなかった。
N新潟交通電車線の白根駅 - 千日駅間の廃線跡。
 O千日駅(せんにちえき)は、かつて新潟県西蒲原郡味方村大字白根字千日下(現新潟市南区西白根字千日下)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。
P新潟交通電車線の千日駅 - 曲駅間の廃線跡。ここから先は遊歩道になっている。
P看板に新潟交通電鉄の千日駅が書かれている。
 Q曲駅(まがりえき)は、かつて新潟県西蒲原郡月潟村大字下曲通(現新潟市南区下曲通)にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。無人駅。駅跡は小さな公園になっている。付近の線路跡は歩道になっている。
R新潟交通電車線の曲駅 - 月潟駅間の廃線跡。
 S月潟駅(つきがたえき)は、かつて新潟県西蒲原郡月潟村大字月潟(現新潟市南区月潟)にあった新潟交通電車線の駅。1999年(平成11年)4月の同線廃線後、駅周辺の廃線敷約2.2kmの区間は遊歩道等を有する旧月潟駅周辺公園(きゅうつきがたえきしゅうへんこうえん)として整備され、かつての構内には同線で使用されていた車両3両が静態保存されている。駅構造は築堤上にある地上駅。午前中のみ駅業務を行う簡易委託駅であった。プラットホームは単式1面1線で、線路北西側の駅舎に面していた。駅舎隣にはトイレなどが設けられていた。
 S新潟交通モハ10形電車(にいがたこうつうモハ10がたでんしゃ)は、かつて新潟交通電車線で1999年の廃線まで使用されていた新潟交通の通勤形電車。1960年代に車体の近代化のために在来車の機器を流用して製造された、いわゆる「日車標準車体」の一つとして知られる。
S新潟交通モハ10形電車車内。 S新潟交通モワ51形電車。
 S新潟交通キ100形貨車(にいがたこうつうキ100がたかしゃ)は、かつて新潟交通が保有していた貨車である。新潟交通電車線内で除雪作業で運用された貨車。1968年にこれまで使用されていたキ1形1(元国鉄キ1形36、1914年製、1951年譲受)の代替目的で国鉄から譲受したラッセル式除雪車(雪かき車)キ100形116で、国鉄時代と同車号のキ116の1両が在籍した。除雪時は電動貨車モワ51で推進されて除雪作業を行なったため、入線にあたり電動貨車を制御する機器を取り付けるなど多少の改造が施されたが、原型を良く保っていた。電車線は1999年4月4日を以て営業終了し、翌4月5日に廃線となった。廃線決定の際には全車両が売却もしくは解体となる予定だったが、地元住民や鉄道ファンなどが「資料として保存して欲しい」と要望したことから、廃線の日、相棒のモワ51に押されて車庫のある東関屋駅から月潟駅まで回送され、現在は旧月潟駅構内で保存されている。
@新潟交通電車線の月潟駅 - 六分駅間の廃線跡。
A新潟交通電車線の月潟駅 - 六分駅間の廃線跡。
 B六分駅(ろくぶえき)は、かつて新潟県西蒲原郡中之口村大字六分(現新潟市西蒲区六分)にあった新潟交通電車線の駅である。構造は相対式ホーム2面2線の有人駅。月潟寄りに貨物用の側線が設けられていた。
C新潟交通電車線の六分駅 - 新飯田駅間の廃線跡。
D新潟交通電車線の六分駅 - 新飯田駅間の廃線跡。
 E新飯田駅(にいだえき)は、かつて新潟県西蒲原郡中之口村大字潟浦新(現新潟市西蒲区潟浦新)にあった新潟交通電車線の駅。駅名の新飯田は、中ノ口川の対岸である、旧白根市新飯田(現新潟市南区新飯田)に由来する。駅構造は相対式ホーム2面2線の地上駅。無人駅。燕駅寄りに貨物用の側線が2線設けられていた。1993年(平成5年)8月の廃駅後、かつての構内は緑水ふれあい公園(りょくすいふれあいこうえん)として整備されている。
F新潟交通電車線の新飯田駅 - 小中川駅間の廃線跡。
G新潟交通電車線の新飯田駅 - 小中川駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
H新潟交通電車線の新飯田駅 - 小中川駅間の廃線跡。qポストが残る。燕駅から10q?
I新潟交通電車線の新飯田駅 - 小中川駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
J新潟交通電車線の新飯田駅 - 小中川駅間の廃線跡。架線柱が残る。
J新潟交通電車線の新飯田駅 - 小中川駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
 K小中川駅(こなかがわえき)は、かつて新潟県燕市中川にあった新潟交通電車線の駅。駅構造は地上駅。現在は整備されサイクリングロードの途中にある休憩所となっている。
L新潟交通電車線の小中川駅 - 灰方駅間の廃線跡。
M新潟交通電車線の小中川駅 - 灰方駅間の廃線跡。
N新潟交通電車線の小中川駅 - 灰方駅間の廃線跡。
O新潟交通電車線の小中川駅 - 灰方駅間の廃線跡。
 P灰方駅(はいかたえき)は、かつて新潟県燕市灰方にあった新潟交通電車線の駅。駅名の読みは「はいかた」だが所在地の読みは「はいがた」である。駅構造は当初は相対式ホームが1面のみの駅だったが、後に燕寄りに交換設備を設置し相対式ホーム2面2線となる。そのため駅舎からホームまでは若干離れていた。貨物用の側線もあり、農業倉庫、日本通運系通運事業者倉庫、保線班詰所も併設されていた。
Q新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。架線柱が残る。
R新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。
S新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。
@新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
@新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
A新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。架線柱が残る。
B新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。この先遊歩道になっている。
C新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。この先は道路に転用。
D新潟交通電車線の灰方駅 - 燕駅間の廃線跡。
 E燕駅(つばめえき)は、新潟県燕市燕(本町)にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)弥彦線の駅である。かつては新潟交通電車線も接続していた。新潟交通の燕駅(撤去済み)は改札を出て左手、現在交番が設置されている付近(上写真右側、白い建物=燕警察署・燕駅前交番)にあった。電車線のホーム(撤去済み)は、現在は相対式となっている2番線の反対側にあった3番線。跨線橋は弥彦線と共用していた。また、構内北側には留置線も設置されていた。
 E燕駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。列車の行き違いがない場合は両方向の列車とも、駅舎(南側)に面する1番線から発着する。燕三条駅が管理する業務委託駅で、ジェイアール新潟ビジネスが駅業務を受託している。駅舎内にはみどりの窓口(営業時間 7:30 - 17:50、一部休止する時間帯あり)、自動券売機、簡易Suica改札機(入場用・出場用各1台)のほか、待合所、トイレなどがある。駅舎の隣には交番や2階建ての駐輪場がある。かつては駅そば店や売店があったが、現在は撤退した。
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廃線探索 新潟交通電車線