更新日時 2015年09月30日

 富山地方鉄道射水線は、かつて富山県の富山市と新湊市(現射水市)を結んでいた鉄道路線。富山から北の四方に至ったのち、富山湾沿いに新湊へ至っていた。一部分は加越能鉄道に譲渡されて現在も万葉線として残っているが、大部分は1980年(昭和55年)3月31日限りで廃止された。当線は、1922年(大正11年)12月26日に、射水電気軌道の名前で富山駅 - 新伏木口駅(現六渡寺駅)間の軌道敷設特許を受け、1923年(大正12年)2月20日に越中電気軌道として設立されたことに始まる。沿線の旅客や海産物、米などの運搬が目的であった。放生津潟を開削した富山新港の建設により射水線は分断されることになった。1966年(昭和41年)4月に放生津潟の入り口部分を渡る鉄橋を含めた堀岡駅 - 越ノ潟駅間が廃止となり、高岡側の越ノ潟駅 - 新湊駅間が加越能鉄道に譲渡されて新湊港線となった。分断された堀岡駅 - 越ノ潟駅間には、渡船連絡のために廃止区間上に新港東口駅を設置、堀岡駅 - 新港東口駅を進延して富山県営渡船との連絡を図ったが、乗り換えの不便のため射水線の乗客は6000人/km日から3000人/km日に半減した。1977年(昭和52年)8月31日から富山駅前駅への乗り入れを再開したが、乗客の増加には繋がらず、1980年(昭和55年)4月1日に廃止された。
富山地方鉄道 射水線
新富山駅 - 富山北口駅 - 八ヶ山駅 - 御廟口駅 - 百塚駅 - 八町駅 - 布目駅 - 鯰鉱泉前駅 - 四方駅 - 和合ノ浦駅 - 富山飛行場前駅 - 打出駅 - 本江駅 - 練合駅 - 海老江駅 - 射北中学校前駅 - 堀岡駅 - 越ノ潟駅 - 西越ノ潟駅 - 越ノ潟口駅 - 東新湊駅 - 中新湊駅 - 新町口駅 - 西新湊駅 - 庄川口駅 - 新湊駅
 @射水線新富山駅は市内線ホームの北側にあった。鉄筋コンクリート2階建ての駅舎を有し、駅舎から階段を下りたところに頭端式ホーム1面2線、また駅舎西側に設けられた市内線との連絡線にプレハブ待合室付きの片面ホームを1面1線有していた。かつては貨物用の側線も1線有していたが、1966年(昭和41年)4月の貨物営業廃止後に撤去されている。射水線用の施設は同線の廃線後に撤去された。駅舎跡地は住宅になっている。
A富山地方鉄道射水線の新富山駅 - 富山北口駅間の廃線跡。
 B富山北口駅(とやまきたぐちえき)は、富山県富山市畑中にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の西側(新港東口方面に向かって左手側)に存在した。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。駅舎側ホーム(西側)が下り線、対向側ホーム(東側)が上り線となっていた。使われなくなった対向ホーム側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去されたが、ホームは残存していた。業務委託駅となっていた。駅舎は構内の南西側に位置しホーム南側に接していた。周囲より若干高台にあり、駅舎入口へは階段を上る必要があった。入口はホームに対し90度の角度で駅舎の南側に設置されていた。ホームに待合所代わりの上屋を有した。
C富山地方鉄道射水線の富山北口駅 - 八ヶ山駅間の廃線跡。廃線跡は宅地として売り出している。
D富山地方鉄道射水線の富山北口駅 - 八ヶ山駅間の廃線跡。一時期はバス専用道路だったのか?
E富山地方鉄道射水線の富山北口駅 - 八ヶ山駅間の廃線跡。御廟口駅跡。1929年廃止。
 F八ヶ山駅(はっかやまえき)は、富山県富山市石坂新にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の西側(新港東口方面に向かって左手側、旧下り線)に存在した。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。駅舎側ホーム(西側)が下り線、対向側ホーム(東側)が上り線となっていた。使われなくなった旧上り線は、交換設備運用廃止後も側線として旧ホームと共に残存していた。業務委託駅となっていた。駅舎は構内の西側に位置し、築堤上にあるためにホームまでは屋根付きのコンクリート製の階段を下りる形で連絡した。三角屋根を持つ洋館風の駅舎であった。ホームは掘割式で旧上り線側ホームに待合所代わりの上屋を有した。昭和30年代まで、附近に「八ヶ山遊園地」が営業しており、行楽シーズンなどには当駅発着の臨時列車も運行されたことがあったという。南方には富山ヘルスセンターがあり、学校の遠足などでもよく利用された。駅の北、八町方には変電所が存在した。
G富山地方鉄道射水線の八ヶ山駅 - 八町駅間の廃線跡。線用道路はここまで。
H富山地方鉄道射水線の八ヶ山駅 - 八町駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
 I八町駅(はっちょうえき)は、富山県富山市八町にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の西側(新港東口方面に向かって左手側、旧下り線)に存在した。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。駅舎側ホーム(西側)が下り線、対向側ホーム(東側)が上り線となっていた。使われなくなった対向ホーム側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去されたが、ホームは残存していた。無人駅となっていた。有人駅時代の駅舎は撤去されたがホーム西側に待合所を有した。ホームはカーブしていた。
J富山地方鉄道射水線の八町駅 - 布目駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
 K布目駅(ぬのめえき)は、富山県富山市布目にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の東側(新港東口方面に向かって右手側)に存在した。業務委託駅となっていた。駅舎は構内の北東側に位置し、ホーム北側に接していた。駅舎は小さな建物で、そのほかホーム上にトタン張りの待合所、駅舎の外に別棟でトイレ棟を有した。駅務員は駅舎に住み込みであった。附近に住宅団地があり、廃止時点では新富山駅に次ぐ利用客があった。
L富山地方鉄道射水線の布目駅 - 鯰鉱泉前駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
 M鯰鉱泉前駅(なまずこうせんまええき)は、富山県富山市四方荒屋にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の東側(新港東口方面に向かって右手側)に存在した。無人駅となっていた。駅舎はないがホーム中央部分に待合所を有した。
N富山地方鉄道射水線の鯰鉱泉前駅 - 四方駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
O富山地方鉄道射水線の鯰鉱泉前駅 - 四方駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 P四方駅(よかたえき)は、富山県富山市四方にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。婦負郡和合町(1960年(昭和35年)に富山市に編入)の中心駅であった。駅構造は廃止時点で、相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、廃止直前は途中駅で唯一列車交換可能な交換駅であった。互いのホームは駅舎側ホーム北側と対向側ホーム北側を結んだ構内踏切で連絡していた。ポイントはスプリングポイントとなっていた。職員配置駅となっていた(但し旅客業務は業務委託化されていた)。駅舎は構内の北側に位置し、上り線ホーム北側に接していた。正面から向かって左側の一部が2階建てで、ホーム側は屋根の一部が張り出して待合所の屋根となる形状であった。対向側ホームにも待合所代わりの上屋を有した。駅舎とは別棟で入母屋風のトイレ棟を有した。乗務員区及び南富山車両区四方支区が設置され、射水線における運転関係の拠点駅となっていた。本線の新富山方・交換設備ポイントの手前から側線が分岐し、さらに4線に分岐、うち3線が研修庫を兼ねた木造の車庫へ、残り1線は洗車用の線となっていた。建屋は車庫のほかに職員用の詰所と風呂場を有した。射水線には除雪用の車両として、富岩鉄道が発注したボ1形ボ2が在籍しており、当駅の車庫に配備され廃線まで所属した。
Q富山地方鉄道射水線の四方駅 - 和合ノ浦駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 R和合ノ浦駅(わごのうらえき)は、富山県婦負郡四方町(後に同郡和合町を経て現・富山市四方)にあった越中鉄道(後の富山地方鉄道射水線)の駅(廃駅)である。短期間の開業のみで1931年(昭和6年)6月4日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅(停留場)であった。
 S打出駅(うちいでえき)は、富山県富山市打出にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北側(新港東口方面に向かって右手側)に存在した。無人駅となっていた。有人駅時代の駅舎は撤去されたがホームに待合所を有した。
@富山地方鉄道射水線の打出駅 - 本江駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
A富山地方鉄道射水線の打出駅 - 本江駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 B本江駅(ほんごうえき)は、富山県新湊市(現・射水市)本江にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北側(新港東口方面に向かって右手側、旧下り線)に存在した。かつては島式ホーム1面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。駅舎の反対側(南側)が下り線、駅舎側(北側)が上り線となっていた。使われなくなった駅舎側の1線は、交換設備運用廃止後は線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は転轍機の名残で湾曲していた。業務委託駅となっていた。駅舎は構内の北東側に位置しホーム東側とを結ぶ通路(かつては構内踏切であった)で連絡していた。駅舎は三角屋根を有する建物で、入口はホームに対し90度の角度で駅舎の東側に設置されていた。ホームに待合所代わりの上屋を有し。
C富山地方鉄道射水線の本江駅 - 練合駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
D富山地方鉄道射水線の本江駅 - 練合駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
E富山地方鉄道射水線の本江駅 - 練合駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 F練合駅(ねりやえき)は、富山県新湊市(現・射水市)海老江七軒にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北側(新港東口方面に向かって右手側)に存在した。無人駅となっていた。駅舎は構内の北側に位置しホームに接していた。待合所機能のみの小さな駅舎で、道路から駅舎に至る道は周囲の田のあぜ道を兼ねていて、駅舎内を突き抜ける形で先が続いていた。
G富山地方鉄道射水線の練合駅 - 海老江駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 H海老江駅(えびええき)は、富山県新湊市(現・射水市)東明中町にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。海老江地区は秋分の日に海老江曳山祭が開かれることで有名である。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北側(新港東口方面に向かって右手側、旧上り線)に存在した。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。線路北側の駅舎側ホームが上り線、対向側ホームが下り線となっていた。使われなくなった対向ホーム側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去されたが、ホームは残存していた。業務委託駅となっていた。駅舎は構内の北東側に位置しホーム北東側に接していた。ホームに待合所を有した。
I富山地方鉄道射水線の海老江駅 - 射北中学校前駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
J富山地方鉄道射水線の海老江駅 - 射北中学校前駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 K射北中学校前駅(しゃほくちゅうがっこうまええき)は、富山県新湊市(現・射水市)堀岡古明神にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(新港東口方面に向かって左手側)に存在した。無人駅となっていた。駅舎は存在せず、ホームに待合所を有した。
L富山地方鉄道射水線の射北中学校前駅 - 堀岡駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
M富山地方鉄道射水線の射北中学校前駅 - 堀岡駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
N富山地方鉄道射水線の射北中学校前駅 - 堀岡駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 O堀岡駅(ほりおかえき)は、富山県新湊市(現・射水市)堀岡にあった3つの富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)の一つである。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北側(新港東口方面に向かって右手側)に存在した。かつては島式ホーム1面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。使われなくなった駅舎側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去された。朝のみ有人、その他の時間帯は無人駅となる業務委託駅となっていた。駅舎は構内の北西側に位置しホームとは通路で連絡した。ホームに待合所代わりの上屋を有した。
P富山地方鉄道射水線の堀岡駅 - 越ノ潟駅間の廃線跡。廃線跡は遊歩道に転用されている。
 Q新港東口駅(しんこうひがしぐちえき)は、富山県新湊市(現・射水市)堀岡明神新にあった富山地方鉄道射水線の駅(廃駅)である。射水線の廃線に伴い1980年(昭和55年)4月1日に廃駅となった。駅構造は廃止時点で、島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅で、同線の終端駅であった。ホームは線路の南側(新港東口方面に向かって左手側)に存在した。かつては島式ホーム1面2線を有した。使われなくなったホーム南側の2番線は廃止され、線路は撤去されていた。稼働線の1番線の番線表示は継続使用されていた。業務委託駅となっていた。駅舎はホームの南西側に位置しホーム西側に接していた。ホームは上屋を有した。
 Q富山県営渡船(とやまけんえいとせん)は、富山県射水市の伏木富山港新湊地区(富山新港)を渡る県営の渡し船である。通称越ノ潟フェリー。堀岡発着場。
 R富山県営渡船(とやまけんえいとせん)は、富山県射水市の伏木富山港新湊地区(富山新港)を渡る県営の渡し船である。通称越ノ潟フェリー。越ノ潟発着場。
 R越ノ潟駅(こしのかたえき)は、富山県射水市堀岡新明神にある万葉線新湊港線の駅。命名は放生津潟の古名である「越の海」にちなむものであった。駅構造はかつては駅舎があり、駅員もいたが2面2線の無人駅となり、2006年(平成18年)9月に北側のレールが撤去され、1面1線になった。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『富山市・射水市』を掲載」
廃線探索 富山地方鉄道射水線