更新日時 2015年10月02日

廃線探索 富山港線
 富山港線:元々は富岩鉄道が開業した路線で、その後富山電気鉄道を経て富山地方鉄道富岩線となり、私鉄の戦時買収により国鉄富山港線となった。2006年(平成18年)2月28日まで西日本旅客鉄道(JR西日本)が運営していた鉄道路線(地方交通線)を第三セクター会社の富山ライトレールに移管し路面電車 (LRT) 化した路線で、同年4月29日から富山ライトレールによる営業を開始した。蓮町駅貨車操車場の南側は、北陸本線の富山操車場へ延びる貨物線に接続しており、この線が城川原駅手前まで旅客本線の東側に並び、単線並列区間になっていた。蓮町駅操車場から本線東側に並走し、大広田駅付近にある小野田セメント富山サービスステーションへ続く専用線や、国道415号付近から分岐、西にカーブして県道30号を横断、クラレ富山工場(既に閉鎖)へ至る専用線が存在した。1986年(昭和61年)11月1日:富山駅 - 大広田駅間の貨物営業と貨物支線 大広田駅 - 富山港駅間 (1.4km) が廃止。富山港駅が廃止
富山港線
富山駅北駅 - インテック本社前駅 - 奥田中学校前駅 - 下奥井駅 - 粟島駅 - 越中中島駅 - 城川原駅 - 犬島新町駅 - 蓮町駅 - 大広田駅 - 東岩瀬駅 - 競輪場前駅 - 岩瀬浜駅
@国道415号線の踏切付近から分岐していた、クラレ富山工場(現在は富山化学の工場)への専用線跡。
@国道415号線の踏切付近から分岐していた、クラレ富山工場(現在は富山化学の工場)への専用線跡。
 A大広田駅から通称「大広田線」と呼ばれた貨物支線が富山港に面する富山港駅へ分岐しており、駅前の道路がその名残である。またこの線路跡の一部は、県道30号線に沿った歩道として整備されている。当駅の北東にあった小野田セメント(現・太平洋セメント)富山サービスステーションには、貨車からセメントを降ろすための施設があり、ここに至る専用線が蓮町駅貨車操車場から旅客線の東側に並行して当駅を通過していた。しかしこの施設は昭和50年代前半には遊休化しており、一連の敷地の多くは2000年代初頭までに宅地に転用された。旧ホームの北側にある小野田踏切は、この会社名に由来している。
B大広田貨物支線の廃線跡。駅前からのカーブの道が廃線跡。
C大広田貨物支線の廃線跡。駐車場から歩道が廃線跡。
D大広田貨物支線の廃線跡。歩道から太平洋セメント工場内が廃線跡。
E大広田貨物支線の廃線跡。太平洋セメントの先の富山港駅への廃線跡。
F大平洋ランダム(旧・大平洋金属)岩瀬工場専用線の廃線跡。
G大平洋ランダム(旧・大平洋金属)岩瀬工場専用線の廃線跡。
H東ソー富山事業所専用線の廃線跡。砂利の部分が廃線跡。
I東ソー富山事業所専用線の廃線跡。砂利の部分が廃線跡。
J東ソー富山事業所専用線の廃線跡。砂利の部分が廃線跡。
 K岩瀬浜駅(いわせはまえき)は、富山県富山市岩瀬天神町45番地にある富山ライトレール富山港線の駅である。
 K岩瀬浜駅構造は国鉄・JR時代と同様、線路の西側に単式ホームを持つ1面1線の地上駅である。1面であるため番線の表記は省略されている。現在のホームは、JR時代のホームよりも北側に位置しており、車止めも更新された。車止めとホームとの間の過走余裕区間は、除雪車の転回ができるよう、2006年9月頃に周辺の地面をかさ上げして、踏切のような構造になっている。そのほか、JR時代から保守用車両の留置線が本線の東側に設置されている。
 L古くは岩瀬浜駅の北にある県道1号線を横断した先に旧岩瀬浜駅があった。そして1943年(昭和18年)に、現在の位置に移転した後も、この区間は貨車や電車の留置に使用されていたが、その後この線路や踏切は撤去され、末期には当駅の構内はずれで線路は終わり、夜間滞泊も廃止された。
M旧岩瀬浜駅への廃線跡。
N旧岩瀬浜駅跡。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『富山』を掲載」