更新日時 2018年12月09日

廃線探索 長野電鉄屋代線
 長野電鉄屋代線は、長野県千曲市の屋代駅から長野県須坂市の須坂駅までを結んでいた長野電鉄の鉄道路線である。以前は正式には河東線の一部であり、屋代線は通称であったが、2002年(平成14年)9月18日から運行形態に合わせて屋代線を正式な路線名称とした。利用客の減少により、このまま営業を続けることは難しいとして、県と沿線3市に資金援助を要請するなど、厳しい状況にあった。そこで2009年(平成21年)に地元自治体や長電により「長野電鉄活性化協議会」が設立され、翌2010年(平成22年)から「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」による「長野電鉄屋代線総合連携計画」を発表し、サイクルトレインやパークアンドライド用駐車場整備といった社会実験を行った。しかしながら、2011年(平成23年)2月2日に催された活性化協議会の議決で路線廃止と代替バスの設置が決定し、同年3月25日に国に廃止届を提出。2012年(平成24年)4月1日廃止された。
長野電鉄 屋代線(廃線)
屋代駅 - 東屋代駅 - 雨宮駅 - 岩野駅 - 象山口駅 - 松代駅 - 金井山駅 - 大室駅 - 信濃川田駅 - 若穂駅 - 綿内駅 - 井上駅 - 須坂駅
 @屋代駅は、長野県千曲市大字小島にある、しなの鉄道・長野電鉄・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅。しなの鉄道が運営するしなの鉄道線と長野電鉄屋代線が乗り入れる共同使用駅で、駅の業務はしなの鉄道が行っている。駅の開業は1888年(明治21年)である。元々はしなの鉄道線の駅ではなく、軽井沢より東の高崎駅を起点とし、新潟駅を終点とする日本国有鉄道信越本線の途中駅であった。1987年(昭和62年)の民営化により東日本旅客鉄道(JR東日本)とJR貨物が継承した。その後長野新幹線開業に伴って軽井沢・篠ノ井間がJR東日本より分離されたためしなの鉄道の運営となり、現在に至っている。一方、屋代線が乗り入れを開始したのは1922年(大正11年)で、運営会社変更・線名改称を経て2002年(平成14年)より現名称となっている。
 @屋代駅構造は地上駅であり、しなの鉄道・長野電鉄のどちらのホームも地面に接する構造である。しなの鉄道のホームは、単式ホーム・島式ホームが1面ずつあり、単式ホームに1線、島式ホームに2線線路が接する。乗り場は西側の単式ホーム側から順に1番線・2番線・3番線である。線路の名称は1番線が下り本線、2番線が中線、3番線が上り本線であり、1番線に長野方面行きの列車、3番線に軽井沢方面行きの列車が発着する。長野電鉄のホームは単式ホーム1面1線で、乗り場は5番線とされている(2011年04月撮影)
@長野電鉄のホーム(2011年04月撮影) @長野電鉄の0キロポスト(2011年04月撮影)
 @長野電鉄3500系・3600系電車(3500けい・3600けいでんしゃ)は、長野電鉄が帝都高速度交通営団(以下営団、現在の東京地下鉄(以下東京メトロ))から購入した通勤形電車。廃車となった日比谷線の営団3000系を譲受・改造した車両である。長野電鉄では編成両数の違いで、2両編成が3500系、3両編成が3600系と区分され、さらに2両編成は木島線用での車内運賃収受用に、運転台後部にバス用の運賃箱と運賃表示器が設置された「O編成」とそれ以外の「N編成」に区分されている。車両番号も「N編成」が3501 - 、「O編成」が3521 - 、3両の「L編成」が3601 - の通し番号で再付番された。これらは「L編成」の湯田中寄り先頭車の主電動機が撤去されている点を除いては性能的にはほとんど差がない。(2011年04月撮影)
A長野電鉄屋代線の屋代駅 - 東屋代駅間の廃線跡。倉科踏切より撮影。(2018年10月撮影)
B長野電鉄屋代線の屋代駅 - 東屋代駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
C長野電鉄屋代線の屋代駅 - 東屋代駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
C長野電鉄屋代線、屋代駅 - 東屋代駅間の屋代中学踏切より撮影。(2011年04月撮影)
D東屋代駅は、長野県千曲市大字屋代にある長野電鉄屋代線の駅。(2011年04月撮影)
D東屋代駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。(2011年04月撮影)↓と同じ場所。
 D東屋代駅は、長野県千曲市大字屋代に存在した長野電鉄屋代線の駅である。2012年4月1日の屋代線廃止に伴い廃駅となった。駅番号はY2。 駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。(2018年10月撮影)
E長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。小型の橋台が残る。(2018年10月撮影)
F長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
F長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の東屋代東踏切より撮影。(2011年04月撮影)
G長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
H長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
I長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
I長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の雨宮上1号踏切より撮影。(2011年04月撮影)
J長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
J長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の蝿塚踏切より撮影。(2011年04月撮影)
K長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
K長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の雨宮町浦踏切より撮影。(2011年04月撮影)
L長野電鉄屋代線の東屋代駅 - 雨宮駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
L長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の雨宮駅西口踏切より撮影。(2011年04月撮影)
 M雨宮駅(あめのみやえき)は、かつて長野県千曲市大字雨宮にあった長野電鉄屋代線の駅である。駅番号はY3。2012年4月1日の屋代線廃線にともなって廃駅となった。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
 M雨宮駅(あめのみやえき)は、長野県千曲市大字雨宮にある長野電鉄屋代線の駅である。雨宮駅構造はかつては相対式2面2線だったが、現在は単式ホーム1面1線を有する地上駅。もともと有人駅だったが、最後は無人駅だった。(2011年04月撮影)
N長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
N長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の雨宮駅東踏切より撮影。(2011年04月撮影)
O長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の沢山川橋梁。(2018年10月撮影)
O長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
O長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の沢山川橋梁。(2011年04月撮影)
P長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
P長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の70間橋踏切より撮影。(2011年04月撮影)
1970年代航空写真と2000年代航空写真で用水路整備に伴う線路の付け替えが有ったことが解る。
Q長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
Q長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
Q長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の北山隧道踏切より撮影。(2011年04月撮影)
Q長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の北山隧道。(2018年10月撮影)
Q長野電鉄屋代線の雨宮駅 - 岩野駅間の北山隧道。(2018年10月撮影)
R岩野駅は、長野県長野市松代町岩野にある長野電鉄屋代線の駅。(2018年10月撮影)
 R岩野駅は、長野県長野市松代町岩野にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)。 駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、廃止時は無人駅だった。(2011年04月撮影)
S長野電鉄屋代線の岩野駅 - 象山口駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
S長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間のお宮踏切より撮影。(2011年04月撮影)
@長野電鉄屋代線の岩野駅 - 象山口駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
@長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の学校正門踏切より撮影。(2011年04月撮影)
A長野電鉄屋代線の岩野駅 - 象山口駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
A長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の清野第33号線踏切より撮影。(2011年04月撮影)
B長野電鉄屋代線の岩野駅 - 象山口駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
B長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の清野幹線第3号踏切)より撮影。(2011年04月撮影)
C長野電鉄屋代線の岩野駅 - 象山口駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
C長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の谷街道第3号踏切より撮影。(2011年04月撮影)
 C象山口駅は、長野県長野市松代町清野にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である。駅番号はY5。 駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、廃止時は無人駅であった。ホームは板で延長された痕跡がある。(2011年04月撮影)
D長野電鉄屋代線の象山口駅 - 松代駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
D長野電鉄屋代線、象山口駅 - 松代駅間の清野302号線踏切)より撮影。(2011年04月撮影)
E長野電鉄屋代線の象山口駅 - 松代駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
E長野電鉄屋代線、象山口駅 - 松代駅間の神田川土手第1号線踏切より撮影。神田川橋梁。
(2011年04月撮影)
E長野電鉄屋代線の象山口駅 - 松代駅間の神田川橋梁。(2018年10月撮影)
F長野電鉄屋代線の象山口駅 - 松代駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
 G松代駅は、長野県長野市松代町松代にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である。駅番号はY6。路線が廃止となった後も、駅舎やホーム等の設備は残され観光案内所やバスの待合所として利用されている。線路は撤去され旧駅構内は松代城公園の駐車場として利用されている。以下、駅に関する記述はいずれも鉄道駅としての営業当時のものである。(2018年10月撮影)
 G松代駅は、長野県長野市松代町松代にある長野電鉄屋代線の駅である。(2011年04月撮影)
G松代駅構造は単式1面島式1面の2面3線のホームと留置線を有する地上駅。(2018年10月撮影)
 G松代駅構造は単式1面、島式1面の2面3線のホームと留置線を有する地上駅。有人駅である(駅員配置時間は7:00-21:00)。戦時中は不要不急線として休止される予定だったが、松代大本営建設のために休止は返上され、貨物輸送に利用された。留置線はその際に敷設されたもの。なお駅員に申請すれば、レンタサイクルを利用することが可能になっている。(2011年04月撮影)
H長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
H長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の長野〜松代街道踏切より撮影。(2011年04月撮影)
I長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
I長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の万法寺南線踏切より撮影。(2011年04月撮影)
J長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
J長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の蛭川橋梁。(2011年04月撮影)
J長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の蛭川橋梁。(2018年10月撮影)
K長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
K長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の寺尾〜西寺尾線踏切より撮影。(2011年04月撮影)
L長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
M長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
M長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の山の神線踏切より撮影。(2011年04月撮影)
N長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
O長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
P長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
Q長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
R長野電鉄屋代線の松代駅 - 金井山駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
R長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の石山踏切より撮影。(2011年04月撮影)
 S金井山駅は、長野県長野市松代町柴にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である。駅番号はY7。 金井山駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては相対式2面2線のホームと貨物側線を持つ有人駅だったが、現在は無人駅である。戦後の一時期、当駅から松代寄りに石材積出用の側線が延びていた。(2018年10月撮影)
S金井山駅は長野県長野市松代町柴にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である(2011年04月撮影)
@長野電鉄屋代線の金井山駅 - 大室駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
@長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の十文字踏切より撮影。(2011年04月撮影)
A長野電鉄屋代線の金井山駅 - 大室駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
A長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の火の見踏切より撮影。(2011年04月撮影)
B長野電鉄屋代線の金井山駅 - 大室駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
C長野電鉄屋代線の金井山駅 - 大室駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
D長野電鉄屋代線の金井山駅 - 大室駅間の離山隧道。(2018年10月撮影)
D長野電鉄屋代線の金井山駅 - 大室駅間の離山隧道。(2018年10月撮影)
 E大室駅は、長野県長野市松代町大室にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である。駅番号はY8。大室駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅だった。(2018年10月撮影)
E大室駅は長野県長野市松代町大室にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である。(2011年04月撮影)
F長野電鉄屋代線の大室駅 - 信濃川田駅間の関崎山隧道。(2018年10月撮影)
F長野電鉄屋代線の大室駅 - 信濃川田駅間の関崎山隧道。(2018年10月撮影)
G長野電鉄屋代線の大室駅 - 信濃川田駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
G長野電鉄屋代線、大室駅 - 信濃川田駅間の駐在所踏切より撮影。(2011年04月撮影)
H長野電鉄屋代線の大室駅 - 信濃川田駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
 I信濃川田駅は、長野県長野市若穂川田にあった長野電鉄屋代線の駅。屋代線廃止に伴い廃駅となり、現在はバス待合室として利用されている。駅番号はY9。 (2018年10月撮影)
 I信濃川田駅は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。無人駅。2線とも両方向に出発信号機をもつ。かつて朝夕のラッシュ時には、須坂⇔当駅間の区間運転列車が運転されていたこともあった。構内には元貨物用の側線があり、現在は保線車両の留置線として使用されている他、廃車車両の解体も行われる。1980年代半ばに放映された明星食品のカップラーメンのテレビコマーシャルのロケ地として、また近年では熊木杏里のシングル「七月の友だち」のPV撮影地としても使用された。(2011年04月撮影)
 I信濃川田駅は、長野県長野市若穂川田にあった長野電鉄屋代線の駅。屋代線廃止に伴い廃駅となり、現在はバス待合室として利用されている。駅番号はY9。 (2018年10月撮影)
 I長野電鉄2000系電車は、長野電鉄の特急形車両。1957年(昭和32年)から1964年(昭和39年)までに3両編成4本(12両)が日本車輌製造で製造された。ハイメカニズムと上質な設備を兼ね備えた当時の優秀車であり、1950年代後半の地方私鉄の電車としては希有な存在であった。半世紀にわたって長野電鉄の看板電車としての地位を堅持し、長野市と湯田中温泉・志賀高原を結ぶ特急列車として運用され続けてきた。しかし、老朽化並びに後継車両の導入により2006年12月9日のダイヤ改正ですべてのA特急運用から撤退した。(2018年10月撮影)
 I長野電鉄モハ1000形電車は、かつて長野電鉄で使用されていた電車(制御電動車)である。モハ1000形1003が小布施駅の「ながでん電車の広場」で静態保存され、屋代線廃線後、信濃川田駅に移動されている。(2018年10月撮影)
J長野電鉄屋代線の信濃川田駅 - 若穂駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
J長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の学校近道踏切より撮影。(2011年04月撮影)
K長野電鉄屋代線の信濃川田駅 - 若穂駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の領家踏切より撮影。(2011年04月撮影)
L長野電鉄屋代線の信濃川田駅 - 若穂駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
L長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の保科踏切(第1種踏切)より撮影。(2011年04月撮影)
M長野電鉄屋代線の信濃川田駅 - 若穂駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
N長野電鉄屋代線の信濃川田駅 - 若穂駅間の保科川橋梁跡。(2018年10月撮影)
N長野電鉄屋代線の信濃川田駅 - 若穂駅間の保科川橋梁跡。(2018年10月撮影)
O若穂駅は、長野県長野市若穂綿内にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)である。 (2018年10月撮影)
O若穂駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅である。(2011年04月撮影)
P長野電鉄屋代線の若穂駅 - 綿内駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
P長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の綿内〜統中踏切より撮影。(2011年04月撮影)
Q長野電鉄屋代線の若穂駅 - 綿内駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
Q長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の春山踏切より撮影。(2011年04月撮影)
R長野電鉄屋代線の若穂駅 - 綿内駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
R長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の上馬場沢踏切より撮影。(2011年04月撮影)
S長野電鉄屋代線の若穂駅 - 綿内駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
 @綿内駅は、長野県長野市若穂綿内にあった長野電鉄屋代線の駅である。同線の廃止と共に廃駅となった。駅番号はY11。 (2018年10月撮影)
@綿内駅(2018年10月撮影) @綿内駅(2011年04月撮影)
 @綿内駅構造は相対式ホーム2面2線及び留置線を有していた地上駅。かつては有人駅だったが、廃止時には無人駅であった。なお、駅舎内にKUMONの教室が併設されており、こちらは現在も使用されている。(2011年04月撮影)
A長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
A長野電鉄屋代線、綿内駅 - 井上駅間の高野宮踏切より撮影。(2011年04月撮影)
B長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
B長野電鉄屋代線、綿内駅 - 井上駅間の新聞屋踏切より撮影。(2011年04月撮影)
C長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
C長野電鉄屋代線、綿内駅 - 井上駅間の大橋踏切より撮影。(2011年04月撮影)
D長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
D長野電鉄屋代線、綿内駅 - 井上駅間の十九花踏切より撮影。(2011年04月撮影)
E長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
E長野電鉄屋代線、綿内駅 - 井上駅間の双六踏切)より撮影。(2011年04月撮影)
F井上駅は、長野県須坂市大字井上にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)。(2011年04月撮影)
G長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
G長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の学校新道踏切)より撮影。(2011年04月撮影)
H長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
I長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の市川橋梁。(2011年04月撮影)
J長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
K長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)
L長野電鉄屋代線の綿内駅 - 井上駅間の廃線跡。(2018年10月撮影)↓と同じ場所。
L長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の第10号踏切より撮影。(2011年04月撮影)
 M須坂駅は、長野県須坂市大字須坂にある長野電鉄長野線の駅。駅番号はN13。2012年3月までは屋代線が分岐し、当時の駅番号はNY13であった。キャッチコピーは「蔵の街」。 近くには臥龍公園などの観光名所もある。(2011年04月撮影)
 M長野電鉄2000系電車は、長野電鉄の特急形車両。1957年(昭和32年)から1964年(昭和39年)までに3両編成4本(12両)が日本車輌製造で製造された。ハイメカニズムと上質な設備を兼ね備えた当時の優秀車であり、1950年代後半の地方私鉄の電車としては希有な存在であった。半世紀にわたって長野電鉄の看板電車としての地位を堅持し、長野市と湯田中温泉・志賀高原を結ぶ特急列車として運用され続けてきた。しかし、老朽化並びに後継車両の導入により2006年12月9日のダイヤ改正ですべてのA特急運用から撤退した。なお、B特急に関しては改正後もしばらくはこの形式で運用する。また、後述する元・小田急電鉄10000形の2代目1000系が定期点検を受ける時は、代走でA特急運用に入ることとなる。(2011年04月撮影)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『千曲市・長野市・須坂市』を掲載」