廃線探索 関西鉄道大仏線

更新日時 2010年09月24日

 大仏線とは、かつて関西鉄道の一部であった加茂 - 大仏 - 奈良間の通称で、大仏鉄道と言われる場合もある。全国各地で鉄道の敷設が進む中、奈良周辺においては、1890年12月27日に(初代)大阪鉄道の手で関西本線湊町(現在のJR難波) - 天王寺 - 奈良間が開業し、その後の1896年4月18日には奈良鉄道の手で現在の奈良線にあたる京都 - 木津 - 奈良間の路線が開業していた。一方で関西鉄道は、東海道本線のルートから外れた旧東海道の宿場町を縫うような路線の建設を目指し、現在の草津線・関西本線草津 - 柘植 - 名古屋間にあたる路線を1895年11月7日に開業させていたが、同社では更に奈良・大阪方面へ路線を延伸し、国有鉄道東海道本線から乗客を移行させることを目論むようになった。同社では、とりあえず柘植から西進して大阪へ向かう路線を建設することを目指し、それと同時に加茂から分岐・南進して、大阪鉄道奈良駅へ乗り入れることを目指す事にした。大阪方面の延伸に関しては、1897年に現在の片町線にあたる片町(廃駅) - 京橋 - 四条畷間を開業させていた浪速鉄道を合併し、同社の保有していた路線と接続させる形で、網島(廃駅) - 四条畷 - 祝園 - 新木津(廃駅) - 加茂間の路線を1898年に開業させ、名阪間の直通列車を走らせるようになった。しかしながら奈良方面の延伸については、1890年に開業した大阪鉄道が既に駅を設置しており、更に1896年には京都 - 奈良間を結ぶ奈良鉄道が乗り入れており、運行上錯綜した状態となりつつあった。このような事情から、関西鉄道による奈良駅への乗り入れに当たっては新たに地上施設の拡張を要し、しかも関係3社それぞれが官公庁への諸認可手続きを申請して認可を得る必要があり、交渉は長引くこととなった。このため、加茂から奈良へ向けて路線建設を進めてきた関西鉄道は暫定的に、仮のターミナル駅として大仏駅を建設することとした。その後、1899年5月21日に3社協定が成立して関西鉄道の奈良駅乗り入れが実現し、更に1900年に大阪鉄道を合併して湊町 - 奈良 - 名古屋間のルートを本線にすると、同社では大仏駅に代わって奈良駅の方に集客・輸送の重点をおくようになり、大仏駅の乗客は急激に減少することになった。そして1905年に奈良鉄道を関西鉄道が合併すると、1907年に旧奈良鉄道線と並行しており、25パーミル(‰)の急勾配を有していて運転の障害にもなっていた加茂 - 大仏 - 奈良間の路線を廃止し、加茂 - 木津間に新線を建設して木津 -奈良間を本線に組み込むことにした。これに伴い、本線の距離は3.2km伸びたものの、勾配の解消で所要時間を変更せずに運行可能となり、大仏線は廃止された。同時に、新木津 - 加茂間も廃止(新木津駅は休止後、のちに廃止)され、木津へ関西本線・片町線・奈良線の各線が集まるような現在の形が形成されている。
関西鉄道線(大仏線) 加茂駅 - 大仏駅 - 奈良駅
 @奈良駅(ならえき)は、奈良県奈良市三条本町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅である。また、関西本線加茂駅 - 奈良駅間各駅及び、片町線(学研都市線)西木津駅を管理する管理駅。近鉄奈良線の近鉄奈良駅も奈良駅と通称されるが、JR奈良駅から約900mほど東に位置している。奈良市におけるJR側のターミナルであり、京都・大阪方面へ向かう快速列車が多数発着している。第3回近畿の駅百選に選定されている。2010年の平城遷都1300年記念事業を目処に行われている駅周辺の土地区画整理事業とあわせて、当駅の高架化事業が行われていたが、2010年3月13日に最後まで地上を走っていた桜井線(万葉まほろば線)が高架化された。奈良駅構造は3階建ての駅舎の高架駅で、改札口は高架化を機に2階の1ヶ所に集約し、3階がホーム、2階は駅業務施設で、1階は商業施設となる予定。ホームと線路の配置は島式ホーム3面5線の構造で、それぞれのホームの有効長は10両である。
A 奈良駅をでてしばらく並行に走る。 B奈良県立大学この辺に大仏線が通っていた。 
C奈良県立大学構内。地図を辿るとこの辺に大仏線が通っていたと思われる。
C佐保側を渡るしもちょうけい橋。
 D大仏駅は1898年4月19日に開業し、現在の奈良市立佐保小学校が設けられている東側付近、一条街道との交点に設けられた。駅名は東大寺にある大仏に因んだものであり、関西鉄道が奈良駅と区別した上で観光アピールに用いるため、この名称をつけたと言われる。しかし、東大寺は東方に1.8km離れた所にあって、徒歩や人力車で向かう必要があった。なお開業時には、「名古屋大仏(奈良)間全通シ大和廻リニ便利ナリ」という広告が市販の時刻表に掲載された。駅の諸設備は築堤上に置かれ、旅客ホーム1面1線、機回り線、貨物ホーム1面1線という構成で、旅客ホームに到着する発着線から機回り線を分岐する分岐器は10番、機回り線から更に西側の貨物扱線へ分岐する分岐器は8番を使用し、駅構内の奈良寄りは佐保川に接していた。駅の南端に当たる奈良市法蓮町には大佛鐵道記念公園が設けられており、公園内に記念モニュメントがある。
 D関西鉄道大仏駅:明治28年に草津・名古屋間を全通した関西鉄道は、拓殖から大阪方面へ進出を計り、2年後の明治30年11月に加茂まで開通した。ここから梅谷を経て黒髪山トンネルを下り、明治31年4月この地の北側法蓮の交番所の南あたりに大仏駅を設置した。この鉄道は、市民・観光客にも親しまれ、大仏詣での人達もこの駅で下車し一条通りを通って東大寺に参拝していた。奈良駅へは、その年の12月に到達したが、乗り入れが実現したのは、翌明治32年5月であった。その後、路線が木津経由に変更となり、明治40年8月までの約9年間で廃止された。昭和39年頃までは、トンネルも残っていたが、現在は取り壊されて当時の面影はいまは見られない。
Eこの交差点の右写真の家辺りが大仏線の廃線跡。
F位置的にはこの辺が大仏線の廃線跡になる。
G大仏線の廃線跡は県道44号線に転用されている。
 H奈良ドリームランド(ならドリームランド)は奈良県奈良市北部に存在した遊園地である。千土地興行(後の日本ドリーム観光、松尾國三代表)の手によって1961年7月1日に開業した。1993年、ダイエーが日本ドリーム観光を吸収合併し、同グループの「ドリームパーク」が経営していたが、2005年11月に経営再建中のダイエーは非中核事業の整理の一環として「ドリームパーク」の経営権を不動産会社の「テンラッシュ」に譲渡した。しかし、1983年の東京ディズニーランドの開園により入場者数が減少。さらに2001年にUSJが開業した後、入場者減に拍車が掛かったことなどに伴い、2006年8月31日に惜しまれつつ閉園となった。最盛期の年間入場者数はのべ160万人を数えたが、閉園時にはのべ40万人にまで減少していた。跡地利用についてはまだ決まっておらず、施設もそのまま残され廃墟と化しているが、2010年5月22日現在でもなお残っている。奈良市は平城宮などの歴史的な観光地の見物客のために跡地について渋滞緩和の目的としてパークアンドライド型の大規模駐車場に転用することを検討しており今後の動向が注目される。
I関西鉄道大仏線の廃線跡。黒髪山トンネルはこの辺に在った。
 関西鉄道の社章:この社章は、関西鉄道大仏線(通称)の黒髪山トンネル(奈良県奈良阪町)の出入口部に、取り付けられていた。
J下り勾配から上り勾配へ最大25‰の勾配が有った。
K梅谷口交差点に向けて下って行く。 K梅谷口交差点を過ぎた辺り。
Lここから京都府木津川市に入る。 L木津町上水道木津南配水池。うんち
Mブロックの絵柄が線路跡を思わせる。遠くにうんちが見える(笑)
Nこの交差点付近で大きく右へカーブしていた様だ。
O上り勾配そして下り勾配へ。
P古い集会所の脇を通り過ぎるが、勾配がきつい為、築堤が有ったかもしれない。
Q関西鉄道大仏線の廃線跡。
R関西鉄道大仏線の廃線跡。
S右側は赤橋方向へ降りる道。 赤橋の真上。
 S赤橋:下梅谷の市道にかかる大仏線の築堤です。美しい姿をしていて見応えがあり、梶ヶ谷トンネルと共に大仏線遺構の代表格です。この遺構は付近の里山に溶け込んで、見上げると今にもSLが走って来そうな原景観を残しています。
@関西鉄道大仏線の廃線跡。梶ヶ谷トンネルの上と案内板。
 @梶ヶ谷トンネル:大仏線の築堤を造る際、農道と水路確保のため造ったトンネルです。頭上の線路跡は市道(下梅谷〜観音寺線)として利用されています。
 @ゴルフ場の入口からみると軌道跡の感がわかります。このトンネルのアーチはイギリス積み煉瓦、側壁は御影石と贅沢な造りです。
A美加ノ原カンツリークラブ入口付近。
B関西鉄道大仏線の廃線跡。県道324号線と合流部、離流部。
Cこの民家の部分が大仏線の廃線跡。
 D鹿背山アパット:鉄道廃線跡を歩くU(宮脇俊三著JTB刊)の表紙に採用されたこの橋台は、石積みの力強さ、形の素晴らしさが一目でわかります。レールを敷けば、すぐに列車が走れるようです。
E道路の脇の築堤が大仏線の廃線跡。
E廃線跡では無いが、良い雰囲気を醸し出している橋である。
F大仏線廃線跡と大仏鉄道遺構巡りの看板。
F関西本線の踏切より撮影。
G左側の築堤が大仏線の廃線跡。
H観音寺小アパット。
 I観音寺アパット(橋台)前方は、JR大和路線、手前は、私鉄関西鉄道大仏線の橋台です。どちらも同時期に敷いた線路で、両線が並走していたことがわかります。奥のJR橋台は第277号架道橋。竣工昭和37年3月30日。
J大仏線の廃線探索はここで終わりです。
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