更新日時 2016年01月19日

廃線探索 南海和歌山港線(和歌山港駅 - 水軒駅)
 南海和歌山港線(和歌山港駅 - 水軒駅):和歌山港線は、和歌山県和歌山市の和歌山市駅から和歌山港駅までを結ぶ、南海電気鉄道の鉄道路線。和歌山港駅で南海フェリーの四国航路「南海四国ライン」に連絡しており、大阪方面から徳島への連絡線の役目を果たしている。かつては沿線利用も考慮され、途中駅として久保町駅、築地橋駅、築港町駅があったが、いずれも一日の平均乗降客数が100人以下の無人駅だったため2005年(平成17年)11月27日に廃止、また終着駅だった水軒駅も2002年(平成14年)5月26日に廃止された。
南海電気鉄道 和歌山港線
和歌山港駅 - 水軒駅
 @和歌山港駅(わかやまこうえき)は、和歌山県和歌山市湊にある駅で、南海電気鉄道和歌山港線の終点。駅番号はNK45-1。南海フェリーへの連絡駅としては、1956年(昭和31年)に開業した初代和歌山港駅(後の築港町駅)が存在していた。和歌山港のフェリー乗り場が移転するのに伴い、和歌山港線の延伸とともに、2代目の和歌山港駅として当駅が開業した。乗降客数は減少傾向にあり、特に1998年の明石海峡大橋開通以降の落ち込みが著しくなっている。
 @和歌山港駅構造は島式1面2線のホームを持つ盛土駅。2階に改札口とコンコース、3階にホームがある。トイレは改札内にあり、男女共用の水洗式である。改札口を出ると、そのまま南海フェリー南海四国ライン徳島方面乗り場への連絡通路に続いており、その途中に設置されている自動券売機で乗船券が購入できる。フェリーの出航5分前に「ルージュの伝言」、乗り換え列車案内に「セシルの週末」、それぞれの曲が案内放送とともに流れている。無人駅だが、列車発着時は改札前で南海フェリーの社員が乗り換えなどの案内を行う。
A南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
B南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
C南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
D南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
E南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
F南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
G南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
H南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
I南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
J南海和歌山港線の和歌山港駅 - 水軒駅間の廃線跡。
 K水軒駅(すいけんえき)は、かつて和歌山県和歌山市西浜にあった南海電気鉄道(南海)和歌山港線の駅。2002年(平成14年)に廃駅となった。木材輸送を目的に和歌山県が建設した和歌山港線の終点駅。1971年(昭和46年)に南海の駅として開業したが、輸送は既にトラック輸送に切り替えられており、2002年(平成14年)に廃止されるまで一度も木材輸送貨物列車が走ることはなかった。旅客列車は和歌山市駅から和歌山港駅までは難波駅と直通する特急・急行を含め多数運転があるものの、当駅まで運転される列車は開業当初から和歌山市駅からの1日2往復(朝9時と昼15時、平日も休日も同時刻[1])しかなかった。このため南海の各駅にある運賃表の水軒駅の傍らには「水軒行きは一日2列車です 係員におたずねください」という注意書きが存在した。駅構造は営業当時の当駅は1面1線のホームのみの無人駅。駅舎はなくトイレのない小屋が唯一の建物であった。当初は木材輸送を目的とした駅だったため、構内に荷役作業用の側線が設けられていた。
 K水軒堤防は18世紀後半頃に造られた南北約1kmに及ぶ石堤と土堤からなる海岸堤防です。この石堤はここから北へ800mの交差点改良工事により発見された水軒堤防の一部を移築保存した物です。海側の石積みは、友ヶ島から運ばれたと考えられる和泉砂岩が使われています。切り込み接ぎと呼ばれる技法で精巧にに加工され、横に目地が通るように隙間無く積み上げられています。上から6段分のみを移築しましたが、全体としては計16段、高さ約4mの大きな石堤です。上面は扁平な和泉砂岩で、海側に比べて粗い加工です。陸側は主として緑泥片岩で積み上げられていますが、最下段、中段、最上段には和泉砂岩が帯状に使われています。このような構造を持つ堤防の類例は無く、当時の土木技術や紀州藩政史を知る上で大変貴重な資料です。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『和歌山市』を掲載」