更新日時 2016年05月23日

廃線探索 大阪市中央卸売市場貨物支線
 大阪市中央卸売市場貨物支線:野田駅から分岐していた大阪環状線の貨物支線の終点であった。大阪市中央卸売市場本場は1931年(昭和6年)3月に整備を完了した。これに合わせて国有鉄道西成線野田駅から分岐して市場へ至る貨物線の計画が立てられ、1925年(大正14年)末から用地買収に着手した。しかし、用地に住友伸銅所の工場があって、工場用地が分断されることに難色を示したため土地買収は難航し、結局工場すべてを買収した上で線路を通し、後に線路に使用しなかった土地を売却することで解決することになった。1930年(昭和5年)8月に着工し、軌道総延長4.8 kmの線路を整備し、1931年(昭和6年)11月8日に開通した。当時、野田駅は地上駅で、その脇に小さな貨物ヤードが設けられて、そこから市場駅へ乗り入れる構造になっていた。1953年(昭和28年)にこの市場への路線の途中から分岐する形で、三菱製紙への専用線が敷設された。1961年(昭和36年)4月25日に、城東線・西成線の一部に新規建設区間を合わせて大阪環状線が形成され、これにより当駅も大阪環状線の貨物支線上の駅となった。トラックの普及や高速道路網の整備などのため取扱量が減少、1985年(昭和60年)3月まで構内側線扱いでの使用が行われたが廃止となった。
大阪市中央卸売市場貨物支線
野田駅 - (貨)大阪市場駅
 @野田駅(のだえき)は、大阪府大阪市福島区吉野三丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)大阪環状線の駅である。
 @野田駅構造は旅客線のみに島式ホーム1面2線を持つ高架駅。分岐器や絶対信号機がないため、停留所に分類される。外回り線の外側に貨物線(通称梅田貨物線)がある。ただし、当駅を含む福島駅 - 西九条駅間は大阪環状線の線増扱いであり、東海道本線貨物支線となるのは福島駅以東である。かつてはこの貨物線から地上へ降りる路線が分岐していた。その路線は地上で2つの路線に分かれ、片方は大阪市中央卸売市場本場の中にあった大阪市場駅へ向かう貨物支線、もう片方は三菱ガス化学大阪工場や福山通運大阪流通センター、レンゴー淀川製紙工場などへ向かう専用線となっていた。専用線はもともと三菱製紙が敷設したもので、1953年(昭和28年)2月11日に完成し、4月1日に竣工式が実施されている。この専用線に接続する会社はその後変化しながら、1985年(昭和60年)頃まで使用されていた。改札口が2つあるが、そのうち1つはTSUTAYA JR野田店に直結している。以前は出場専用であったが、現在は入場することもできる。西九条駅が管理している直営駅で、アーバンネットワークエリアに入っており、ICOCAが利用可能である(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。また、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅である。時間帯により停車する本数が大きく変動する。朝ラッシュ時は毎時14本、夕ラッシュ時は12本停車するのに対し、12-15時台は1時間4本のみが停車する。
A大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。擁壁の上が廃線跡。
B大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。スロープが廃線跡。
C大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。環状線の下をここで潜る。
D大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。ここから先遊歩道。
E大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。
F大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。
G大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。
H大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。
I大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。
J大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。
 K大阪市中央卸売市場貨物支線の野田駅 - (貨)大阪市場駅間の廃線跡。大阪市場駅(おおさかしじょうえき)は、大阪府大阪市福島区野田一丁目にあった日本国有鉄道(国鉄)の貨物駅。野田駅から分岐していた大阪環状線の貨物支線の終点であった。
 L大阪市中央卸売市場貨物支線の大阪市場駅構内跡。市場内では特徴的な「て」の字形に線路が引かれていた。野田駅から来た貨車は直線の行き止まりの線路に入り、そこで折り返して円形の線路側に入って荷役をする構造になっていた。円形部分の内側に卸売場があり、そこに直結する荷卸用のホームがあった。駅の規模は大きく、1日に150両の貨車を扱うことができたという。
 M大阪市中央卸売市場貨物支線の大阪市場駅構内跡。輸送する貨物は各地から市場に到着する水産物・青果物がほとんどで、このために大阪市場駅は到着貨物が圧倒的に多く、発送貨物は一部の食料品を地方市場に転送するときや、空き箱の返却など、ごく限られたものに留まっていた[1]。1970年(昭和45年)には1日10本の貨物列車が到着していた。吹田操車場で別の列車から継走されるものが多かったが、青森操車場発の鮮魚輸送列車「とうりん」、長崎駅発の「ぎんりん」なども運行されていた。
N大阪市中央卸売市場貨物支線の大阪市場駅構内跡。
O大阪市中央卸売市場貨物支線の大阪市場駅構内跡。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『大阪市』を掲載」