更新日時 2016年03月14日

廃線探索 篠山線
 篠山線(ささやません)は、かつて兵庫県多紀郡丹南町(現・篠山市)の篠山口駅から同郡多紀町(現・篠山市)の福住駅までを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線である。1972年に廃止された。太平洋戦争中、丹波地方で産出されるマンガンや硅石輸送と、海沿いを通るため海からの攻撃が懸念された山陽本線のバイパスとして福知山線の篠山駅(現・篠山口駅)と山陰本線の園部駅を結ぶ目的(改正鉄道敷設法別表第78号)で建設された。1944年に篠山口駅 - 福住駅間が開業し、同時に1913年から篠山駅と篠山町(当時)市街地を結んでいた篠山鉄道が廃止された。しかしながら翌1945年に終戦を迎え、福住駅 - 園部駅間の建設は中止された。以後、地域輸送に貢献することになるが、園部方面へ早く延長するため篠山町の市街地から離れた場所(旧・丹南町内)に篠山駅を置いたため利用者は少なく、1968年に赤字83線に指定され沿線住民の反対にあったものの1972年に全線が廃止された。
日本国有鉄道 篠山線(廃線)
篠山口駅 - 篠山駅 - 八上駅 - 丹波日置駅 - 村雲駅 - 福住駅
 C11形式40号は昭和8年(1933年)に川崎車輌株式会社で製造され小型機関車として力も強く、前後進が自由にでき方向転換する必要も無いことから短区間運転用として重宝され、日本国有鉄道福知山機関区に配属となった。昭和19年(1944年)から昭和31年(1956年)まで篠山線を走っていました。昭和47年(1972年)から篠山市旧丹南町公民館の広場に展示されていましたが、平成19年1月に「鉄道の町福知山」のシンボルとして展示するために福知山市に移設されました。転車台は、蒸気機関車などの方向転換や扇形車庫への入出庫を行う施設として、昭和11年(1936年)福知山機関区に設置され、昭和47年(1972年)頃迄その役割を果たしてまいりましたが、福知山駅付近の立体交差事業により扇形車庫等の施設撤去を行うにあたり、当時を偲ぶ代表的な施設として保存することになりました。
 @篠山口駅(ささやまぐちえき)は、兵庫県篠山市大沢字高伏ノ坪にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線の駅である。
 @篠山口駅構造は単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ橋上駅である。改札口は橋上の1か所のみ。単式・島式の各ホームの間に中線(2番線)があるため、「2番のりば」は存在しない。各ホームには、駅弁(後述)などの軽食を提供する『浪花食堂』があったが、2012年春までに駅弁の販売は終了し、後に閉店した(2013年7月現在、跡地は更地になっている)。
A篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。
B篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。杉村踏切より撮影。
C篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
D篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。この先一端道路から離れて行く。
E篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。廃線跡と解る部分が残る。
F篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
G篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。この先廃線跡は道路から離れて行く。
H篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。廃線跡は道路より田圃側。
I篠山線の篠山口駅 - 篠山駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
 J篠山駅(ささやまえき)は、かつて兵庫県多紀郡丹南町(現・篠山市)にあった日本国有鉄道(国鉄)篠山線の駅(廃駅)である。篠山線廃止に伴い廃駅となった。駅跡および廃線跡は兵庫県道306号池上杉線となっているほか、丹南教職員住宅、資材置き場などがあり、兵庫県道49号三田篠山線と交わる北交差点のすぐ東側に位置している。
K篠山線の篠山駅 - 八上駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
L篠山線の篠山駅 - 八上駅間の廃線跡。廃線跡は農道に転用されている。
M篠山線の篠山駅 - 八上駅間の廃線跡。廃線跡は農道に転用されている。
N篠山線の篠山駅 - 八上駅間の廃線跡。廃線跡は農道に転用されている。
O篠山線の篠山駅 - 八上駅間の廃線跡。篠山線跡をプラレール約5000本を繋ぎ走らせるイベント。
 P篠山線の篠山駅 - 八上駅間の廃線跡。テレビの撮影も行われています。この後テレビのカメラマンが間違えてプラレールの列車を蹴っ飛ばして脱線させてしまいました。
 Q八上駅(やかみえき)は、かつて兵庫県多紀郡篠山町(現・篠山市八上上)にあった、日本国有鉄道(国鉄)篠山線の駅(廃駅)である。篠山線の廃線に伴い、1972年(昭和47年)3月1日に廃駅となった。駅構造は単式ホームを有する棒線駅であった。水田が広がっており、駅跡とわかるものは何もない。
R篠山線の八上駅 - 丹波日置駅間の廃線跡。この先廃線跡は農道から離れて行く。
S篠山線の八上駅 - 丹波日置駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
S丹波日置駅の模型。 S蒸気機関車C11 40号機号機番号。
S城東町の航空写真。レール。篠山市城東支所に展示されている。
 @丹波日置駅(たんばひおきえき)は、かつて兵庫県多紀郡城東町(現・篠山市日置)にあった、日本国有鉄道(国鉄)篠山線の駅(廃駅)である。篠山線の廃線に伴い、1972年(昭和47年)3月1日に廃駅となった。駅構造は単式ホームを有する棒線駅であった。線路跡は国道372号となっており、すぐ東には日置北交差点がある。また上には倉庫が建てられているが、ホームの基礎の遺構が残存している。
A篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
B篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
C篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
D篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。この先廃線跡と解る農道が残る。
E篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。廃線跡は農道に転用されている。
F篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。水路に橋台が残る。レールはイベントで敷かれた。
G篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。築堤とコンクリートの橋梁が残る。
H篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。築堤とコンクリートの橋梁が残る。
I篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。築堤が残る。
J篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。廃線跡はこの先道路に転用されている。
K篠山線の丹波日置駅 - 村雲駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
 L村雲駅(むらくもえき)は、かつて兵庫県多紀郡多紀町(現・篠山市向井)にあった、日本国有鉄道(国鉄)篠山線の駅(廃駅)である。篠山線の廃線に伴い、1972年(昭和47年)3月1日に廃駅となった。駅構造は単式ホームを有する棒線駅であった。駅名の由来は当駅の開業時から1955年(昭和30年)まで当地に存在した「村雲村」によるものである。村雲の名前は、付近一帯の広域地名として小学校名などで使われている。
M篠山線の村雲駅 - 福住駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
N篠山線の村雲駅 - 福住駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
O篠山線の村雲駅 - 福住駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用されている。
 P福住駅(ふくすみえき)は、かつて兵庫県多紀郡多紀町(現・篠山市)福住にあった日本国有鉄道(国鉄)篠山線の駅(廃駅)である。篠山線の終着駅であった。なお、線路は京都府の園部駅まで延伸される計画(改正鉄道敷設法別表第78号)であったが、終戦にともない計画は中止され、園部との間は国鉄バス園篠線(えんじょうせん)により結ばれていた。駅構造は1面1線の単式ホームに駅舎を持つ駅であった。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『篠山市』を掲載」