更新日時 2016年03月30日

廃線探索 阪神尼崎海岸線
 阪神尼崎海岸線は、かつて兵庫県尼崎市の出屋敷から東浜までを結んでいた阪神電気鉄道の鉄道路線。「海岸線」と呼称している文献もある。また東浜まで路線があった頃は「東浜線」と呼称していたこともあった。1929年(昭和4年)4月に開業。尼崎臨海工業地帯への足として運行。全線単線ながら、軌道敷は複線分確保されていた。車両は当初阪神本線の車両が入っていたが、3011形に始まる大型車の導入により1950年代後半にそれまで当線で使われていた両運転台の701形が他車に先駆け廃車の対象となったことから、国道線の71形がパンタグラフ取り付けや尾灯の取り換えなど小規模改造の上投入され廃線まで走った。1951年(昭和26年)7月19日尼崎海岸線の高洲 - 東浜間(0.7km)が運転休止。1962年(昭和37年)12月1日国道43号(第二阪神国道)建設にあたり尼崎海岸線全線(1.0km)廃止。
阪神尼崎海岸線駅一覧
出屋敷駅 - 高洲駅 - 東浜駅
 71形は1937年3月に、汽車製造(東京)で71〜75の5両が、川崎車輌で76〜80の5両の計10両が製造された。車長は約14.5mで、路面電車としては大型であり、当時の新設軌道線で運用されていた15m級車とさほど変わらない大きさであった。水明公園(尼崎市水明町) 71形 71号。
  この阪神電車は、昭和2年7月西野田〜東神戸間が開通して以来、昭和50年5月までの48年間、私達の足として長年親しまれてきた事を記念し、郷土の歴史の一環として保存、展示するものです。この電車は昭和12年2月汽車会社で生まれました。その後廃止までの38年間働いていました。その走った距離は地球を44回りした1,744,231Kmになります。蓬川公園(尼崎市崇徳院3丁目) 71形 74号。
@出屋敷駅(でやしきえき)は、兵庫県尼崎市竹谷町にある、阪神電気鉄道本線の駅。駅番号はHS 10。
 @出屋敷駅構造は相対式ホーム2面2線を有する高架駅。分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。改札口は2階、ホームは3階にあり、ホームは線路部分も含め完全に天井に覆われている。改札口は東西に各1か所。
A阪神尼崎海岸線の出屋敷駅 - 高洲駅間の廃線跡。
B阪神尼崎海岸線の出屋敷駅 - 高洲駅間の廃線跡。
C阪神尼崎海岸線の出屋敷駅 - 高洲駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
D阪神尼崎海岸線の出屋敷駅 - 高洲駅間の廃線跡。
E阪神尼崎海岸線の出屋敷駅 - 高洲駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
 F阪神尼崎海岸線の高洲駅跡。1951年(昭和26年)7月19日 高洲 - 東浜間休止。1960年(昭和35年)4月15日 高洲 - 東浜間正式廃止。
G阪神尼崎海岸線の高洲駅 - 東浜駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
H阪神尼崎海岸線の高洲駅 - 東浜駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
 I阪神尼崎海岸線の東浜駅跡。1951年(昭和26年)7月19日 高洲 - 東浜間休止。1960年(昭和35年)4月15日 高洲 - 東浜間正式廃止。戦後は沿線の地盤沈下による浸水被害のため、高洲 - 東浜間0.7kmが運休となり、僅か一駅間だけの路線となる。その後も東浜までの復活は見送られ、1960年(昭和35年)4月高洲 - 東浜間も正式に廃止した。そして1962年(昭和37年)12月、第二阪神国道建設工事に際し、立体化してまで運行するほどの路線でないと判断。そのまま全線廃止された。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『尼崎市』を掲載」