更新日時 2020年01月10日

 相賀森林鉄道:相賀森林鉄道は三重県紀北町の銚子川沿いに敷設された森林鉄道である。インクライン跡や索道跡が残る。相賀駅近くに貯木場があったが、紀勢本線との直接の接続はなかった。四日市製紙が銚子川上流の大台ケ原の材木搬出計画を提出していることから、四日市製紙が相賀森林鉄道の開業に係わっていたと思われる。四日市製紙会社はその後、1919年(大正8年)に富士製紙に合併されるまで約32年間存続。富士製紙は、1933年(昭和8年)に樺太工業とともに王子製紙に合併され、王子製紙になる。相賀森林鉄道の開業は明治ごろで、廃止は戦時中に製紙業を停止し鉄工業に改編したため昭和初期と思われる。相賀森林鉄道のレールは殆ど撤去されているため鉄工業の製鉄に転用された?
@相賀森林鉄道の廃線跡。今回はここからスタート。
@相賀森林鉄道の枕木は鉄板が巻かれていたそうだ。
A相賀森林鉄道の脇に炭焼き窯のような丸く石が積まれている。
B相賀森林鉄道の廃線跡。
C相賀森林鉄道の廃線跡の横の壁に古レールを利用した通信用の碍子が残る。
D相賀森林鉄道のコンクリート製の橋梁。桁の幅が広いので比較的渡りやすい。
E相賀森林鉄道のコンクリート製の橋梁。帰りは足が疲れていたので慎重に渡りました。
F相賀森林鉄道の飯場跡。
F相賀森林鉄道の飯場跡に大量のお酒の瓶が落ちている。
F相賀森林鉄道の飯場跡に釜が残る。釜の材料は現地調達の石が使われている。
F相賀森林鉄道の隧道。
F相賀森林鉄道の隧道内には通信用の碍子が残る。
F相賀森林鉄道の隧道。
F相賀森林鉄道の隧道内部に枕木が残る。隧道内部の枕木には鉄板が巻かれていない。
隧道内の枕木に鉄板を巻かないのは枕木が腐食されにくいからか?
F相賀森林鉄道の隧道出口。
F相賀森林鉄道の隧道。
G相賀森林鉄道を出た先は築堤になっている。
G相賀森林鉄道の隧道を出た先の大きな石の下に森林鉄道の台車フレームが残る。
G相賀森林鉄道の台車フレーム。
H相賀森林鉄道のレールが残る。15kgレールか?
I相賀森林鉄道の脇に飯盒が落ちていた。
J相賀森林鉄道のインクライン跡。
K相賀森林鉄道のインクラインを登った処にシャックルが置いてあった。
L相賀森林鉄道のトロッコの車輪が残る。
M相賀森林鉄道の犬釘が残る。
N相賀森林鉄道の路盤跡。
O滝が見える。
P相賀森林鉄道関連の部材?
P相賀森林鉄道関連のワイヤー?
P背負子?
Q相賀森林鉄道のレールが残る。
Q相賀森林鉄道の索道設備跡。
Q相賀森林鉄道のレールが残る。
Q相賀森林鉄道の索道の鉄塔。
Q当時のお酒の瓶が残る。
Q相賀森林鉄道の索道の基礎?
Q煉瓦を使った釜跡?
Q煉瓦の刻印は確認できなかった。
R銚子川第一発電所跡。水害で廃止になり現在は砂防ダムに埋まっているようです。
R銚子川第一発電所の水路跡。
R銚子川第一発電所の水路跡。内部は閉塞している。
Q相賀森林鉄道のコンクリート製橋梁跡。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『紀北町』を掲載」
廃線探索 相賀森林鉄道