更新日時 2018年03月05日

 日本セメント埼玉工場専用線:西大家貨物線は1963年(昭和38年)に開業し、西大家信号所で越生線と分岐し、日本セメント埼玉工場内(現・太平洋セメント埼玉工場)の日高を結んでいた。全線電化である。秩父鉱業線(廃止時は日本セメント東松山専用線)経由で秩父鉱業東松山採掘場の粘土を仕入れ、日本セメント埼玉工場で生産した製品を下板橋セメント包装所へ輸送することを目的としていた。東武鉄道所属のED5010形電気機関車が専用線に直接乗り入れていた。東武東上線の貨物廃止でバラ車等によるトラック輸送に切り替わり、1984年(昭和59年)に廃止となった。同工場への専用線は、八高線・川越線高麗川駅から分岐するものも存在し、1999年(平成11年)まで使用されていた。
東武の鉄道車両 90年の歩み 写真集より
@東武越生線の一本松、西大家間の西大家寄りのこの付近から分岐していたと思われる
@この草むらの空き地は廃線跡 AバスのUターン場所は廃線跡
A確実に廃線跡 B日本セメント専用線廃線跡
C公園になっている
D日本セメント専用線廃線跡 Eこの辺は住宅街になっている
F日本セメント専用線廃線跡 G日本セメント専用線廃線跡
H廃線跡の敷地に枕木が積まれている
I H番からここまでは廃線跡が解らなかった Jこの部分がルート的に廃線跡と思われる
Kここから盛り土上の廃線跡・・・左の家は廃線後、建てられた家(廃線ルート上に有る)
L日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。
M日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。
N日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。
O日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。
P日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。転轍機が残る。
Q日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。
Q日本セメント埼玉工場専用線の西大家駅 - 日本セメント埼玉工場間の廃線跡。
 R国鉄タキ14400形貨車は、かつて日本国有鉄道(国鉄)及び1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化後は日本貨物鉄道(JR貨物)に在籍した私有貨車(タンク車)である。本形式は、ベンゾール専用の35t 積タンク車として1968年(昭和43年)12月23日から1970年(昭和45年)7月20日にかけて3ロット11両(コタキ14400 - コタキ14410)が日本車輌製造1社のみにて製作された。
 Rタキ14405。塗装は黒色、寸法関係は全長は11,000mm、全幅は2,720mm、全高は3,825mm、台車中心間距離は7,200mm、実容積は39.7m3、自重は15.7t、換算両数は積車5.0、空車1.6であり台車はベッテンドルフ式のTR41Cである。台車はその後改造されTR41DS13となった。
Rタキ14405。荷役方式はタンク上部にある液入れ管からの上入れ、液出管からの下出し式である。
R足ブレーキ。
 RTR41D台車。1910年代にベッテンドルフ社が開発した台車の一つであり、特許を公開したためにコモンウェルス社やゼネラルスチール社等他社でも生産され、各種改造、改良型が存在する。日本でのベッテンドルフ形台車としては国鉄TR41形台車が嚆矢かつ代表的で、枕バネはTR41形、TR209形が重ね板バネ(TR41D, TR41Eはコイルばね)で、TR214形、TR225形、TR228形がコイルバネである。
R柴田式連結器。 R空・積メーター。
R行き先銘板入れ。 R吐出弁。
R石油荷役の社名番。 Rタキ14405。
R所有者は、石油荷役1社のみでありその常備駅は塩釜線の塩釜埠頭駅であった。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『日高市』を掲載」
廃線探索 日本セメント埼玉工場専用線