更新日時 2015年03月09日

廃線探索 日立鉱山電車専用線
 日立鉱山(ひたちこうざん)は茨城県日立市にあった銅山(鉱山)。旧名赤沢銅山。1905年に小坂鉱山の事務所長だった久原房之助が、鉱山を手中に入れたところから急激な発展を遂げる。僅か数年で足尾銅山(栃木県日光市/古河財閥)・別子銅山(愛媛県新居浜市/住友財閥)・小坂鉱山(秋田県小坂町/藤田財閥)に並ぶ四大銅山の一角となり、その後の久原財閥・日産コンツェルンの発展を支えた。日立鉱山には日立鉱山電車専用線という軽便鉄道が走っていた。明治41年に日立鉱山電車専用線営業開始。現在の日立駅前の大通りと銀座通りの中間あたりを通って国道6号線を横断し、芝内経由で大雄院(だいおういん)まで専用線が延びていた。貨物専用で一般旅客営業は行っていませんでしたが、従業員とその家族を対象に運賃無料で駅は停留所と呼ばれ、プラットホームが無く旅客運搬を行っていました。昭和35年に日立駅〜大雄院停留所間全線専用線廃止。
1897年02月25日(明治30年) 日本鉄道の助川駅(すけがわえき)として開業。一般駅。(現在の日立駅)
1908年      (明治41年) 製錬所(現在の日鉱金属日立工場)操業開始。日立鉱山電車営業開始。
1939年10月20日(昭和14年) 国鉄助川駅は日立市成立により日立駅に改称。
1960年05月31日(昭和35年) 日立駅〜大雄院停留所間全線専用線廃止。
 @日立駅(ひたちえき)は、茨城県日立市幸町一丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)常磐線の駅である。駅構造は2面3線のホームを持つ地上駅である。みどりの窓口・Suica対応自動改札機、指定席券売機設置駅。中央口・海岸口の改札口とホームに電光掲示板が設置されている。駅舎は2か所あり、改札口は中央口・海岸口・臨時改札口の3か所ある。中央口はホーム北側(小木津駅側)の跨線橋を渡った先(ホームより高台にある)の駅舎(駅本屋)内に開設されている。中心市街地に面しており、バスターミナルやびゅうプラザ、VIEW ALTTE(改札外)などもこちら側に設置されている。海岸口は3番線ホーム南側(常陸多賀駅側)地上の旧本屋側にあり、みどりの窓口が設置されているが一部の割引乗車券などが発券できない場合がある。臨時改札はホーム南側(常陸多賀駅側)の跨線橋と平行している自由通路(エスカルロード)との間に開設され、日立製作所日立事業所が隣接しているため朝のラッシュ時のみに改札業務を行っている。2007年(平成19年)度から橋上駅舎化および中央口の周辺整備の工事が進行中であり、2010年(平成22年)度に工事終了予定となっている。
@自由通路(エスカルロード)
 @現在日立シビックセンターとなっている一帯には、1980年代後半まで日本鉱業(現・日鉱金属)の資材置場などが広がり、総延長6kmに及ぶ専用線が張り巡らされていた。そこには薬品貯蔵タンクも置かれ、同社日立製錬所(現・日立工場)で生産された硫酸が当駅から発送されていた。また、資材置場と製錬所を結ぶ電化されえた軽便鉄道(日立鉱山電車専用線)もあり、化学薬品のほか旅客も輸送していたが、1960年(昭和35年)5月31日限りで廃止された。
A日立シビックセンターとなっている一帯。
Aこの通路の延長線上に日立鉱山電車専用線が通っていた。
Bけやき通りを過ぎると1本の細い一方通行の道が有るがこれが日立鉱山専用線の廃線跡。
B日立鉱山電車専用線の廃線跡は緑地帯や時間貸しの駐車場に転用されている。
C日立鉱山電車専用線の廃線跡は緑地帯や時間貸しの駐車場に転用されている。
C日立鉱山専用線の廃線跡は緑地帯や時間貸しの駐車場に転用されている。
C日立鉱山電車専用線の廃線跡は緑地帯や時間貸しの駐車場に転用されている。
D日立鉱山電車専用線の廃線跡は国道6号線を渡り右写真の細長いビルが廃線跡と思われる。
E日立鉱山電車専用線は国道6号線を渡り日立電線の工場に突き当たりそこから右へカーブしていた。
F日立鉱山電車専用線は日立電線の工場沿いに進み右写真駐車場の方へ。
 F左写真駐車場は廃線跡と思われるが、右写真の民家に突き当たる。
 F日立市役所の駐車場に遺構が残ります。写真はJIROさん提供です。日立市役所の建て替え計画が具体的に進行しており、築堤も消滅すると思われ、せめて産業遺構として記録だけでも残せればと、写真を提供して頂きました。(2015年3月9日)
国土地理院 国土変遷アーカイブ 空中写真 1946年7月24日撮影。
 G市役所を過ぎると県道36号線に突き当たるが、そこから左へカーブし、県道36号線と同じレベルまで下って行く。
H日立鉱山電車専用線は県道36号線沿いに下って行き県道36号線と同じ高さまで下る。
H日立鉱山専用線は日立製作所山手工場前に芝内停留所が有った。(写真周辺)
I県道36号線から1本南側へ入った側道か右側の住宅部分が廃線跡と思われる。
J側道から日鉱金属工場門の交差点付近。
K日立鉱山電車専用線の築堤跡がハッキリ解る。
K上の写真の築堤。 L道路の左側が廃線跡。
M杉本停留所付近。
N大雄院小学校開校記念碑。 N左の一段高い部分が廃線跡。
O日立鉱山電車専用線の日鉱金属の工場への入口。
O日立鉱山電車専用線は日鉱金属の工場へ支線が分岐していた。
P道路右上の築堤が日立鉱山電車専用線の廃線跡。
P運送会社の裏の高台部分に日立鉱山電車専用線の廃線跡が残る。
Q日立鉱山電車専用線の廃線跡。 Q下の橋梁は日立金属への分岐か?
Q県道36号線の南側の部分に日立鉱山電車専用線の廃線跡が残る。
Q県道36号線の南側の部分に日立鉱山電車専用線の廃線跡が残る。
Q県道36号線から日立鉱山電車専用線の廃線跡へ登る階段が有った。
R日立鉱山電車専用線のコンクリート製の橋梁が残っていた。合格
R大雄院停留所に近づいてきた。
S大雄院停留所入口付近。
S大雄院停留所は現在は駐車場になっている。
S大雄院停留所右側。 S日立電鉄大雄院事務所前停留所。
S日鉱金属日立工場。
S日鉱金属日立工場入口から川沿いに引き込み線が引かれていた。
S大白峰橋。ここまで引き込み線が引かれていた。
日鉱記念館所蔵の日立鉱山電車専用線路線図。
日鉱記念館所蔵の日立鉱山専用線の写真。
日鉱記念館所蔵の日立鉱山電車専用線の写真。
日鉱記念館の屋外展示場に展示されている日立製作所製の電気機関車。
「13号」と名付けられ、昭和35年まで50年間、専用電気鉄道(略称・助鉄)及び精錬所構内の輸送に活躍。
日鉱記念館(本館) 日鉱記念館(鉱山資料館・屋外展示場) リンク
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